ニードミーのルール(仮)
「乱立や重複等のトラブルはナシ。あまりにも目的不明なお遊びクラブはお断りする場合もあるけど、そういうのは既に『総合宴会部』があるから、そっちを勧めてる。転部希望者には転部先の斡旋も行っているよ。そして、入部したい部がなければサーバーに登録して適切な部活に巡り合えるように支援」
流れるような軽快なトークに、莉子は思わず拍手を送った。
念のために言っておくが、ここは部活部であって演劇部ではない。すっかり圧倒されている莉子と、遠巻きに呆れ調子の沙倉のためにも弁明しておく。
「……本格的ですね?」
「駆け込み寺みたいなものだね」
笑顔と共に、一仕事を終えた部長はスポーツドリンクをまた一口飲んだ。
「そんな部活部へ、ようこそ。それじゃあ話を聞こうか。松永さん」
莉子は我に帰る。そうだった。自分はここに用事があって来たのであって、目の前で突然繰り広げられた芝居に拍手をするために来たのではない。
少女の顔に緊張が戻る。膝の上で握られた掌に力が込められる。
床を睨むこと数秒。そして、覚悟したように部長の顔を見つめ返した。
その瞳は真っ直ぐだった。偽りも淀みもない、なにかを決心した人間の目だ。
松永莉子は一枚の写真を出して、こう言った。
「このトロフィーの持ち主を、探してください」
* * *
部室に彼女の声が反響して、消えていった。
思いの他響いた自分の声に動揺しながら、それでも自分の言葉を取り消す気持ちはなかった。
決意はとうにしていた。何日も前から決めていたのだ。部長のセールストークを聞いて少しどこかに吹っ飛びかけていたけれど。
だから、今度こそ彼らと正面から向き合った。真剣な顔で、瞳で、自分は本気なのだと精一杯伝えるために。
真都原アキは一瞬だけ笑顔を停止させたが、すぐにまた表情を和らげる。
「うちが、部活推奨会であることは知ってるよね」
「はい」
「じゃあ、校内の万屋でないことも?」
「はい。重々承知です」
穏やかな口調に促されて、莉子は頷きを返す。断固としてその意思に変化は見られない。不信げな沙倉の表情にも揺らぐことはなく。
「それじゃあ、これは部活に関する依頼だろうか。どうだろう?」
「それは……」
この質問には流石に動揺が見えた。確かに一見関係のない相談だ。莉子の中ではどのように問題が結びついていようとも、初対面の彼らにそれが伝わるとも思わない。
そして、簡単に手の内を明かすことも。
「言えません」
沙倉が更にに眉根を寄せるのが、一年の彼女にすら感じ取れた。部長の表情には何の感情も窺えない。ただ淡々と彼女の話を聞き、それから、ゆっくり瞼を閉じる。
空気が変わったのは、次の瞬間だった。ぐ、と真都原の口元が三日月のように上がり、ちらと白い歯が覗く。組んでいた指先を解き、それをおもむろに自らの髪へと差し入れる。肩が僅かに震えたようにも見えた。
「っくく、あはははは……!」
呆けたのは莉子のほうだ。笑っているのだと気付いたのは2秒遅れてから。長机の向こうでは沙倉が怪訝そうな顔をしている。
いや、彼が驚いている理由の半分は莉子にあるのだけれど。
「いやごめん。ふふ、部を立ち上げるための部活に、まさかそんな依頼が入るとは思わなかったから」
「や、やっぱり駄目ですか?」
莉子はまた少しペースを乱されながら、真都原に聞く。
「うーん。そうだねぇ。そんな真剣な顔で相談に来るんだから、それなりの理由があると思うんだけど。君は何故そのヒトを探したいのかな?」
真摯な瞳が莉子を見つめ返す。当たり前の質問だった。誰かにモノを頼むとして、まさか理由を明かさずに頼めるとは思わない。ここが興信所ではなくただの部室、相手がただの高校生であれば余計だ。
真都原は今も写真を眺めている。部室の中を写した一枚の写真。ステンレス製の棚にはいくつも背の高いトロフィーが並んでいる。二人の視線の合間に、沙倉の助言が割って入る。
「人探しなら管轄外だ。持ち主が知りたいなら、関係者を回ったほうが早い。校内のことならそれこそ先生に聞けば一瞬だと思うけど」
いつの間にか彼はノートパソコンに向かっていた。キーボードに添えていた手を止め、画面に向けていた注視を莉子に変えて、彼女の反応を待った。
「それは……」
どこまで言えばいいのだろう。莉子は言い淀む。持ち主を探す先に望むことか、それともここに至るまでの経緯を並べるべきか。
それから、果たして言っていいものなのだろうか。彼のためにも。
「理由は言いたくない?」
視線を下げてしまった可愛い来客を見つめて、真都原は静かに問う。莉子は頷くことも首を振ることもしないで、そっと視線を下ろした。
「良いよ。分かった、手伝おう」
「アキ?」
「勿論、即解決とはいかないけれど。例えばはそのトロフィーが、部活動に関係ないということも言い切れない。まずはそこから見極めることにしよう」
「本当……ですか?」
「うん。なるべく君の役に立てるようお手伝いするよ」
「じゃあ、後輩ちゃん。詳しくは明日の放課後にね」
彼女の去った部室に残るのは部活部の二人。遠ざかっていく足音を聞きながら、アキは無言のままナオの背後に回り、彼のパソコンのディスプレイを覗き込んだ。
それを待ち構えていたかのように、ナオは画面上に浮かんだものを読み上げる。
「松永莉子。一年三組二八番、写真部所属。――部室にあったトロフィーなら、必然的に写真部の先輩ということになる」
彼らがアクセスしているのは校内でのみ閲覧出来るデータベースだった。住所や電話番号等の細かい個人情報までは検索出来ないが、生徒が何処に所属しているのかを容易に知ることが出来る。勿論これも『部室部』の活動の一環だ。有志によって作成された、例えば『部活を創設したいけど部員が足りない』または『多忙気なので応援が欲しい』時等に非常に役立つ。事実、公式的に執行部からも利用があったりして、校内ではそれなりの立ち位置を確立している所以だった。
「何があったのかな」
思案顔の部長に、ナオはいつものように溜め息を吐く。また眉間のシワが増える。目下長年の彼の悩みだった。
「安請け合いはやめてくれ。揉め事はごめんだ」
カチャカチャとキーボードを叩く。その音に紛れて、遠く運動部の掛け声が響く。
「大丈夫だよ。それに、今更だろう?」
「今更だから言ってるんだ」
「うんうん。ナオは優しいね」
分かっているのかいないのか。にこにこと笑う部長の顔を尻目に、彼はゆっくりノートパソコンを閉じた。
作品名:ニードミーのルール(仮) 作家名:篠宮あさと