ローレンツ-mix
理由の断片
「あ、れ・・・髪切っちゃっ、た・・・・・・の?」
昼食の入った小袋を手に颯が昼過ぎにピアの事務所を訪ねた時の、皐月の顔は驚愕よりも茫然が勝っていた。
颯とその一味が事務所を利用するようになってから増えたソファの一つに、颯は礼儀をまるで無視して座る。具体的には腿の上までスリットの入ったスカートで膝を立て抱えた。角度によってはスカートの中が丸見えの、その危険な姿勢のまま手にしていた袋から食べ物を取り出し咥える。今日も細長いパンに野菜と魚介が挟まれているサンドイッチだった。この一週間ずっとになる。
「ああ、邪魔だったからな。これから暑くなるのもあるが」
颯は恋人のわなわなと震えるのも構わずパンを咥えたままブーツを脱ぐ。気持ち良さそうに黒いストッキングに包まれた指先を伸ばした。
「それより、何度も言ってますけどはしたないです、大尉」
アレイシアは大尉に嫌味を込め、颯にティーカップを手渡す。パンを口から離した颯が礼を言って紅茶を飲む間も、皐月は信じられない顔をして颯のすっきりとした首まわりを凝視していた。
「ストッキングだから大丈夫だ」
「そういう問題じゃなくてですね、もういいです」
いつ注意しても同じ解答で、言うことを全く利かないからこの先の問答は無意味だ。颯がこんなはしたない座り方をするのは事務所に客が来ていない時だけだから、よしとしておくことにした。
「颯、なんでそんなばっさり・・・。きれいだったのに」
常なら五十嵐と呼ぶ皐月はかなり動揺している様だった。二人きりのときと呼び方が違うだなんて、アレイシアには意外だった。この二人はいつだってどこでだってマイペースなのだから。
皐月から一番離れたソファに座っている颯はパンを咀嚼して紅茶を飲み一息ついてから、
「邪魔だからだ。これで色々さっぱりした。午後の診療はどうしたんだ?」
きろり、出ていけとばかりに皐月を睨む。
「い、今から」
さっと颯から目をそらし、皐月は持ち込んだ本を抱えて裏口から出て行ってしまう。
颯が密かに溜息をついたのを見逃さず、ピアはマグカップを手に颯の座る一人掛けのソファに押し入った。常ならそれをはねのける颯がされるがままに縮こまっているのは妙だった。アレイシアもその近くのソファにカップを手に座った。これは颯らしくない面白い事態である。
「さて、珍しく可愛い事してるじゃない?」
ピアに詰め寄られ、颯はそっぽを向く。
「別に、そんなんじゃない」
「なによー?気づいてもらえたし十分気は引けたじゃない、それでその顔って事は、」
「そんなんじゃないって事なんでしょう?」
アレイシアとピアの好奇でにやけた顔に詰め寄られ、
「妹と、かぶるから」
常の様子からは想像もできないか細い、ささやかな声で颯は言った。
「妹、って暮葉さんの事ですか?」
答えは無い。確か皐月の妹だという暮葉は颯と同じ黒髪で、腰に届くほどの長髪だった。
「そうよねえ、妹を見るのとは別の目で見てもらいたいものねえ?」
意地悪くにやけたピアががっちり肩を抱こうとするのを、颯は思い切り振りはらった。
100418
fin.
------
サイトにあったもの。
アレイシア→長編主人公
ピア→イオレの師匠
颯→イオレの母親