遼州戦記 保安隊日乗 6
主は次々と収集したという武具やら日本刀やらを二人の前に引き出してきては満面の笑み浮かべた。桐野は甲冑や鉄砲には目もくれずにただ険が出てくるとその一つ一つを引き抜いてしばらく眺めてみては静かに鞘に収めた。こう言う成金にはとりあえずお世辞でも言えばいいのにと思う北川だが、そんな世渡りのことなど桐野には眼中にない。時々、『これは折れる』とか『斬れないな』などとけちを付ける度に家主の顔が醜く歪む。最後には勝手にしろとばかりに席を立った家主を何とかなだめてこうして家においてもらっているのに、肝心の桐野は自分の剣の手入れにしか関心が無いらしい。
桐野はしばらく北川の問いかけに無視していた。
「気合の問題だな……」
突然その薄い唇から言葉が発せられた。答えていると言うよりも自分に言い聞かせている。そんな様子はいつものことだった。北川はとりあえず桐野が自分の言葉を聞く用意があることを確認できてほっとするとそのまま縁側に腰掛けた。
「前置きはいい。昨日の俺の態度が気に入らないと言う愚痴も結構だ……見つかったのか?」
自分の無愛想の自覚があるのか。桐野の妙な言い回しに思わず顔がにやけそうになるのを引き留めながら北川は懐から携帯端末を取り出した。
「豊川警察署に勤務中の同志からの情報ですが……」
そう言うとキーを操作してすぐに一人の男の顔写真を表示させた。映し出された一人の中年男。特徴がないのが特徴というようなその顔を一瞥すると桐野はそのまま視線を庭に向けてしまった。
「水島勉……聞いたことが無いな」
「旦那。それは冗談で言っているんですよね」
投げやりな言葉にすぐに桐野の虚ろな視線が北川に注がれる。肝を冷やすとはこのことか、北川は桐野の手が鞘に納まった剣から離れているのを確認して大きく息を飲んだ。
「どういう了見で暴れてるのか分かりませんからね。だからすぐに斬りかかるのだけは勘弁して……」
「保障はできないな。相手がこちらの能力を奪って来るならこちらもそれなりに覚悟はするつもりだ」
桐野はそう言うと再び剣を抜いた。突然の動きに驚く北川をあざ笑いながら桐野はすばやく剣を鞘に戻す。
「珍しい力です。太子も大層関心を持っていらっしゃる。できれば生きたまま捕まえたいですから。斬るのは最後の手段にしてくださいよ」
そう言うと北川は立ち上がる。
『この人殺しは……そのうち俺のケツにも火がつくかも知れねえな』
心の中でそう思った北川はそのまま暖房の効いた部屋へと戻っていった。
「別に理想があるわけじゃないんだよ俺は。人が斬りたいんだ……」
独り言のようにつぶやいた桐野はそのままうっとりとした目で自分の業物をまじまじと眺めていた。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)46
「まだかよ」
定時まで30分。要は大きく伸びをした。誠は呆れてつい目を要に向ける。その要が声をかけたカウラは警邏隊から送られてくるアストラルゲージの波だけが映る画面から目を放そうとしない。彼女も一応は小隊の隊長である。無駄かもしれなくても仕事の真似事くらいは要の前ではしなければならない。
「聞いてるのか? 」
「まだ30分前だ」
要のしつこさに耐えかねたというようにカウラが吐き捨てるようにつぶやく。
「それじゃねえよ。ちゃんと水島を引っ張れる証拠は見つかったのかって言うことだよ」
そう言うと答えを期待していないというように要は大きく身をそらして伸びをする。アイシャもラーナもいつものこの要の気まぐれな言動にため息を漏らした。
「要ちゃん。そう簡単に証拠が挙がるなら誰も苦労はしないわよ」
「そりゃあそうだけどさあ」
今度は要は左肩に手を当ててぐるぐると回す。要するに退屈なのだ。誠は思わず単純で分かりやすい要の行動を微笑みながら眺めることにした。
「サイボーグが準備運動か?」
重量のある義体の重さに耐えかねてぎしぎし言う椅子の音が気になったカウラの一言。要もその音を無駄に出しているという自覚はあるらしく回していた腕を止めて机に突っ伏せる。
「うるせえなあ……別にいいだろ」
しばらくそのままで時が流れる。だが要の退屈がどうにかなるわけではない。
「とりあえずタバコ吸ってくるわ」
「はいはい!行ってらっしゃい!」
投げやりなアイシャの言葉にそのまま席を立とうとした要。ここまではいつもの光景だった。
だがその時突然ラーナが立ち上がった。
「取れました!取れましたよ!」
誠よりも二つ年下の割にはいつも落ち着き払っているラーナの歓喜の声に一気に部屋の緊張が高まる。
「なんだ?何が取れたんだ?」
まるで子供のようにモニターを指差すラーナの表情を見た要。その表情が眠そうな気配を一気に消し飛ばしてシリアスなものに変わると部屋の空気が一変した。
「元旦の東宮神社の放火!目撃証言が取れたんですよ!確かにその時に水島は現場にいたそうです!」
「一件だけか?偶然と言われたらおしまいだぞ」
待ちかねていた事実だがカウラはまだ冷静を装っていた。だがラーナの言葉は続く。
「それだけじゃ無いんです!豊川市での最初の自転車の転倒事件の現場、次の北川町でのぼや騒ぎ、そして駅前の殺傷事件の現場でも……」
「それどこの証言よ?それだけ証拠が揃ってれば東都警察が動いてるでしょ?」
アイシャのたしなめる声もラーナの笑みを止めることはできない。
「同盟司法局法術特捜を舐めてもらっては困りますよ!情報ソースは秘匿事項なので明かせませんが目撃者の身元は確かです。裁判での証言の約束も取れています!」
得意げに胸を張るラーナ。ただ呆然と新事実に目を見張るカウラとアイシャ。ただ要だけは一人頷いて納得が言ったような表情を浮かべていた。
「西園寺さん……?」
「なあに、情報収集を行う必要のある機関はどこでも独自の情報ルートは持ってるものだ。まあ……茜が一から作ったにしては準備が良すぎるから叔父貴のコネクションからの情報だろうな。なら精度は確かだ」
要の一言がただ立ち尽くしていたカウラとアイシャの目に生気を戻した。二人は顔を見合わせてとりあえず椅子に座った。
「これで引っ張れるぞ……どうする?」
「待ちなさいよ要ちゃん。情報が確かで起訴して勝てるのは分かっていても……逮捕令状は?裁判所の命令書は?」
必死に落ち着こうとしているアイシャ。その声はいつもの余裕のある彼女らしくもなく上ずっていた。アイシャの珍しい鋭い目つきに刺激されるようにラーナのキーボードを叩く速度が加速する。
「地裁には嵯峨警視正の顔が利きますから……なんとかうちにも令状が……」
「頼むぞ茜、希望の星だよ……これでこの退屈な蟄居部屋ともおさらばだ!」
満面の笑みで叫ぶ要にさすがに不謹慎だと言うようにカウラが白い目を向けているのがおかしくて誠はつい噴出していた。
「そうだな……これで我々の勝ちだ」
これまでは黙っていたものの豊川署のやり方に我慢ならならなかった。そんな気持ちがありありと分かるような薄ら笑いを浮かべながらラーナの手つきを眺めるカウラ。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



