遼州戦記 保安隊日乗 6
「姐御……弱気にもなりますよ。相手はこれまで8人は斬ってる狂犬ですよ。それと何だかよく分からない能力の持ち主が敵に回る……」
「同時に相手をしなきゃいいだろ?それにいざとなれば拳銃で仕留めるくらいのことはいつも言ってるじゃねーか」
「姐御……」
いつの間にか誠達のテーブルの隣に立って弱音を吐く要からラム酒のビンを取り上げたランはそのまま半分以上酒が残っている要に瓶を差し出した。
「注ぐならこいつにしてくださいよ」
要は隣でビールをちびちび飲んでようやく空にした誠に目を向けた。
「え?あ?うーん」
「そうだな」
にんまりと笑ったランはどくどくと誠のグラスにラム酒を注いだ。
「クバルカ中佐!」
「良いんだよ。アタシの酒だ。飲めるだろ?」
凄みの聞いた少女の表情。誠はいつの間にか頭の中に異常な物質でも発生しているのではないかと言うような気分になってグラスを手にした。
「ぐっとやれ、ぐっと」
ランの言葉が耳元で響く。アイシャもカウラも決して助け舟を出す様子は無い。
諦めた誠は一気にグラスの中の液体を空にした。そしてそのまま目の前が暗転するのを静かに理解することしかできなかった。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)40
気が付いた誠を襲ったのはまず頭痛だった。次に全身に涼しげな感覚があるのが感じられた。
飛び起きるとそこは寮の誠の部屋だった。布団は乗せられているが全裸。隣を見るとごちゃごちゃと丸められた昨日着ていた服が転がっている。
「またか……」
かすかに残る記憶の断片で自分が酔っ払って全裸になったことが思い出されてきてそのまますばやく箪笥からパンツを取り出してはいた。
そのまま寒い部屋の中で周りを見る。いくつかのお気に入りのフィギュアの並びが変わっているのが分かる。
「アイシャさん……気が付いたら止めてくれれば良いのに……」
「何か言った?」
「うわ!」
突然背中からアイシャに抱きつかれて飛び跳ねる誠。その衝撃でお気に入りの魔法少女のフィギュアが傾いた。
「危ないじゃないですか!」
「今飛び跳ねたのは誠ちゃんじゃない」
じりじり迫ってくるアイシャの背中の後ろにはニヤニヤ笑う要と呆れたような表情のカウラがドアのところに立っていた。
「早く服を着ろよ」
「顔が青いぞ。シャワーでも浴びて気合を入れなおせ」
薄情な言葉にそのまま転がっていた昨日着ていたズボンに手を伸ばす。
「昨日はすいませんでした」
「いつものことだよ、アタシは慣れた」
「慣れた?本当に慣れた?」
これまで誠の目の前で肩を突付いたりしていたアイシャが今度は顔を赤らめている要の頬をつついた。当然切れた要はそのままアイシャの頭を抱え込むと強化された人工筋肉のおかげでレスラー並みのパワーを誇る腕でぎりぎりと頭を締め付けた。
「痛い!痛いわよ!」
「痛くしてるんだ。当然だろ?」
そんな二人のじゃれあいに呆れたようにカウラは頭に指を当てた。
「昨日の飲み会はリフレッシュの為のものだ。それを……」
カウラはそう言いながら誠の足元の布団に手を伸ばす。そのしぐさに思わず引き込まれそうになる誠だが、要とアイシャの視線を感じてカウラの前に立ちふさがった。
「布団ぐらい片付けますよ」
「その前に服を着ろ。今日からいつ何が起きてもかまわない覚悟をしてもらわないとな」
上官にこう言われたらどうしようもない誠だった。そのままセーターを頭から被る。そしてそのままじっと誠を見ている要とアイシャに目をやった。
「そんなに見ないでくださいよ」
「昨日はあんなに『俺を見ろ!』って叫んでたのに?」
「そんなこと言ってたんですか?」
顔を赤くする誠にアイシャと要が顔を見合わせて爆笑し始める。
「馬鹿は相手にするな。もうすぐ時間だぞ」
布団をたたみ終えてカウラが立ち上がる。仕方がなく誠もズボンを急いで履くとそのままカウラについて廊下へと出た。
早朝の寮はいつものように戦場だった。警備部の面々が二日酔いか何かのように頭を抱えながら短髪の金色の髪を掻き揚げながら誠達を避けて追い抜いていく。
「警備部の連中。昨日は飲まされてたからなあ」
「そんなことがあったんですか?」
「飲ませたのはオマエだろ?」
要にそう言われても誠の記憶はまるで消えていた。仕方なく階段を下りながら昨日の全裸になった自分の事を思い出してみるがまるで浮かんでこない。
「じゃあちょっとアタシはタバコを吸ってくるから」
「そのまま永遠に吸ってて良いわよ」
「うるせえ!」
にやけながら紺色の長い髪を掻きあげるアイシャに悪態をつくとそのまま要は中二階のラウンジにある喫煙所に消えた。
「今日は……ヨハン君が食事当番ね」
「アイツがここにいる意味があるのか?味見とか言って大量に食べているらしいじゃないか。士官のアイツがここにいる理由はダイエットの為だろ?」
カウラはそうつぶやきながら朝らしく忙しそうに動き回る隊員が集まる食堂へと入っていった。
「いらっしゃい!」
「島田、元気だな」
要が呆れるのは無理も無いような気がした。誠がノックアウトされればあのメンバーの矛先は当然のように島田に向く。だが生体機能の異常な活性化と言う技のある島田なら致死量のアルコールを口から流し込まれても平気なように誠には思えた。
「さっさと食べて出勤だ」
「そうしましょ」
カウラとアイシャは島田を無視して厨房前のカウンターに並べられた料理のトレイを手にしていた。仕方がなく誠もその後に続く。タバコを吸い終えたにしてはやけに早く帰ってきた要がいつの間にか誠の後ろに立っていた。彼女もまた慣れた手つきでトレーを手に取り暇そうに食堂を眺める。
その様子を興味津々という感じで眺めていた島田と目が合うと要のタレ目のまなじりがさらに下がった。
「島田……どうすればオマエを殺せるんだ?」
「あれじゃないですか?銀の弾丸で額を撃ち抜くとか心臓に十字架を突き立てるとか……」
「西園寺遊んでないで早く食事をしろ!」
スープを注ぎ終えたカウラの言葉に舌を出しながら厨房に向かう要のおかっぱ頭。
「それにしても豊川署の警邏の面々。ちゃんと仕事はしているのかしら?まるで連絡が無いじゃないの」
すでにすべての料理をトレーに載せて堂々といつもの指定席に座ったアイシャはすばやくウィンナーをかじりながらそうつぶやいた。
「彼等も仕事と割り切ってくれているだろうな。確かに杉田と言うあの警部。当てにはならないが他に手段は無いからな」
「そんな弱気で……」
誠は椅子に座りながらぱくぱく食事を食べているアイシャを眺める。見られていることが分かるとにっこり笑ってすぐに今度は付け合せの茹でたキャベツを食べ始めた。
「ああ見えても東都警察は腐っている連中が過半数以下と言う遼州では貴重な組織だからな。それなりの結果は期待して良いんじゃねえの?」
遅れて席に着いた要が同じように手にした緑色のものをかじり始めた。よく見ればそれは四分の一に切ったキャベツだった。呆れてみていた誠達だが、要は気にせずそれを見る間に食べ尽くした。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



