遼州戦記 保安隊日乗 6
そう言うとカウラはハンバーガーショップの駐車場に車を入れた。そしてそのまま車をドライブスルーーの場所に移動させる。
「食べていかないんですか?」
訪ねてくる誠にカウラは疲れたような笑みを浮かべるだけだった。
「そう……だったな。カルビナはどうする」
駐車場にハンドルを切ろうとしたときに助手席のラーナが思わずカウラの左手を押さえた。
「私はどうも……お店で食べるのは慣れてなくて」
「むしろ地球人の顔は見たくないか……」
ラーナの言葉を聞くとカウラはそのまま運転席の窓を開ける。
『いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ』
明るい店員の女性の声が響く。ラーナはなぜかうつむいたまま自分の端末を呆然と眺めていた。
「全員Aセットでいいな……じゃあAセットを三つ。ドリンクはブレンドコーヒーで」
『かしこまりました。Aセット三つ、お飲み物はブレンドですね』
明るい声だが、誠もなぜか相変わらず違和感を感じていた。
「見ただけじゃ分からないのに……やはり壁は感じますね」
そうつぶやいた誠に情けないと言うような笑顔で答えるラーナ。彼女は遼南難民出身で純血の遼州人だった。誠も名前こそ日本風だが遺伝子検査では地球人との混血はほとんど無いと判定されていた。
「人はそれぞれ違うものだと言うが……あれだけ違うとな」
カウラがそう言ったのは最後のアパートの男子大学生との会話を思い出したからだった。
『迷惑なんですよね……法術適正?そんなの受けなきゃいけない化け物に生まれたつもりはありませんよ』
無精髭が目立つ小太りの男子大学生はそう言うとラーナが差し出したチラシを受け取らずにドアを閉めた。まるで自分は関係なく、地球人の直系の人種だと言うことを特に証拠もなく信じている若者が増えていることは誠も知っていた。だがそれにしてもその死んだように誠達を見つめる目。自分の差別意識に露ほども疑問を感じていないその鈍感な管制に誠は衝撃を受けていた。
「近くに運動公園があるな。そこで食べるか」
そう言いながらカウラは商品の受け取り口のある店の裏手へと車を進めた。誠もラーナもただ何もできずに黙ってカウラの言葉にうなづくだけだった。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)21
「なんで?」
ドアを開けた要がそう言ったのも当然だった。足を棒にして一日歩き回って豊川警察署に与えられた部屋に戻るとそこには私服のランが一人で茶を啜っていた。彼女の座っているアイシャの席の端末は起動済みで彼女が誠達が集めた情報を先ほどまで見ていたらしいことがわかる。
「どうだ?え?捜査って奴は。アタシもオメー等と一緒で素人だからな。それにしても……カルビナが加わってからかなり進んでるみたいじゃねーか」
「餓鬼は帰って寝る時間だぞ」
要の皮肉にもまるで答えずランは平然として茶を飲み続ける。要とこんな日常には慣れっこのラーナ意外はすでに口を開く気力も無くそれぞれの席に腰掛ける。ランに自分の席を占拠されたアイシャもそれをとがめる力も無いというように空いていたパイプ椅子に腰を下ろした。
「でも……この数。256件か?データで見るのと一軒一軒訪ねるのはずいぶん違うんだろうねー」
ランは手にした湯飲みを置くとそのまま端末ににらむような瞳を送った。
「でも僕達はこんなことをしていていいんですか?司法局からの出動要請とかがあっても……こんな状態じゃ対応できませんよ」
疲れから誠は本音を口にしていた。それを見て少しがっかりしたと言うようにランはため息をつくと再び湯飲みを手にして茶を啜りこむ。
「いいんだよ。今のオメー等は目の前の仕事だけしてろ。05式のデータ収拾はアタシとシャムで大概のことが済むからな。今のところ各種情報機関からの連絡じゃー、ベルルカン大陸の状況も平穏無事。まあ何かあったらアタシが署長に掛け合って何をしている場面だろうが帰ってきてもらうだろうからな。その時は仮眠時間を最低2時間やるからそれでなんとかしろ」
ランの言葉に頷きつつそのまま要は自分の端末を起動させている。ランと誠達との会話の間もラーナは自分の席で聞き込みの最中に手にした情報を記録したデータを彼女が持ち込んだ小型端末にバックアップを取っていた。呆然とその有様を誠達は見詰めている。
「カウラ。ラーナばかりに頼らずに自分のデータはちゃんと自分の端末に落としとけよ」
「西園寺に言われることは無いんだがな」
カウラはエメラルドグリーンの前髪を疲れたような手で軽く撥ね退けた後、皮肉を言う要に力ない一瞥を送る。そして机においてあったポーチから携帯端末を取り出すと、机の固定端末に接続してデータ移行を開始した。
「でも……かなり法術の存在は嫌われてますね。これほどとは僕も思っていませんでした。まるで法術師は罪人かさもなければ人を食べる害獣扱いですよ」
それが本音だった。法術と言う言葉を聞いただけで住人の大半は嫌な顔をした。時にはいかに法術師が危険で抹殺すべき存在なのかと言う極論を展開し始めて冷静なはずのカウラがこぶしを握り締める場面もあったくらいだった。
「神前。言わなくても分かるってーの。あの事件以来この国に……いや、地球圏も含めて宇宙は猜疑心で一杯だ。あいつは俺の心を読めるんじゃないか、あの通行人はうちに火でもつけるんじゃないか。そんなありもしない疑惑。どれも荒唐無稽なんだけどな。法術を使いこなすとなるとそれなりの訓練かオメーみたいに戦場に放り込んで極限状態まで追い詰めることが必要だ」
そこまで言うとランはのどを潤すように湯飲みの茶を啜る。
「そこに今回の事件だ。悪意があれば何でもできる能力を保持した連中が悪意の赴くままに暴れているんだ。これまでの法術師への恐怖が憎悪に変わったところでそんな考えの持ち主を責めるわけにもいかねーしな。それでもアタシは法術師だ。正直良い気分はしねーな」
そう言うとランは立ち上がる。襟巻きを強く巻きなおし、周りを見回す姿は誠にはどう見ても小学校低学年の姿にしか見えなかった。
「じゃあ、アタシは上がるわ」
「なんだよ……付き合い悪いじゃねえか」
見た目は疲れて見えないものの表情に力の無い要。そんな彼女をガラの悪そうな三白眼で見つめると、ランは愛想笑いのようなものを浮かべて出口へと歩いていく。
「見たとおり餓鬼なんでね。8時も過ぎたら眠くて」
要をからかうようにそう言うとそのまま出口の扉に手をかける。
そのまま出て行くのかと見ていた誠だが、ランは気がついたようにマフラーに手を当てながら振り向いた。
「そうだ、カルビナ。茜が合格点だとさ」
「え……有難うございます!」
ランの珍しく柔らかい口調にラーナは飛び上がるようにして立ち上がるとランに敬礼をした。
その滑稽な姿に満足すると、ランは軽く手を上げてそのまま外に消えていった。
「アイツもああ見えて副長らしいところがあるじゃねえか」
感心したように要がつぶやく。カウラの端末からのデータ転送が終わったことを告げる画面を見ながら誠はラーナを見つめていた。いつまでも呆けたように立ち尽くす少女の面影の残る法術専門捜査官。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



