遼州戦記 保安隊日乗 6
「お前はサボるからな、ほっとくと。それに保安隊では階級はあまり意味は無いってことになってるだろ?先に決めたほうが勝ちだ」
カウラはそう言うと自分の小型携帯端末を胸のポケットから取り出しラーナの情報のダウンロードを始める。
「さてと……犯人め!見つけたらギトンギトンに伸してやる」
「西園寺さんそれだけは止めてください」
パンチのポーズをとる要を誠がなんとか眺める。そんな誠達の様子を端末をしまいながらラーナは楽しそうに眺めていた。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)20
慣れない事をすれば誰でも疲れるものだった。
「これで何件目……」
「カウラさん始めたばかりじゃないですか」
いつもの運転席に乗り込むカウラの顔は疲れていた。
初日。すぐに動き出したカウラ、誠、ラーナ。とりあえず防犯の呼びかけのポスターを手に五件のマンションを回ったが、捜査よりも戦闘のために作られた人造人間であるカウラの忍耐力はすでに限界を迎えていた。
「午前中はこんなもんでしょう。これからお昼。いかがですか?」
後部座席で腕組みをしているラーナは静かにそう言うと幼くも見えるようなおかっぱの髪を掻き上げた。
「午前中でたった五件でこれか……と言うか午前中か……」
カウラの声がかすれるのも無理は無かった。すでに三時を過ぎようとしている。住宅街の食べ物屋は多くが準備中になっている時間帯。
「訪問がこんなに疲れるものだとは……」
そう言いながらカウラは赤いスポーツカーを動かす。狭い路地を縫うようにして車は進んだ。
「まあ……こういう地道な積み重ねが大事ですから。それと市民と向かい合う時はいつも笑顔で。ベルガー大尉はまだ今ひとつですね」
「はあ」
ラーナに駄目だしされて少しばかりカウラは肩を落としながら狭い道を進む。両脇に続く家並みはすべて平屋。二十年前の第二次遼州大戦の時の特需以前の貧しさを感じるような家々が続く。
「でも……もしかしたら僕達が回った家の中にすでに犯人の家もあるんじゃないですか?」
思わず誠はそう言っていた。不機嫌になるだろうと振り向いたラーナ。だが誠をまっすぐに見つめるその顔には別にいつもの落ち着いた物腰のラーナの親切そうな表情が写っている。
「それで良いんですよ」
「え?良いのか?」
カウラはようやく大通りに出る入り口の信号で車を止めながら驚いたように静かにつぶやいた。ラーナは再び助手席で正面を向くと教え諭すような口調で話を始めた。
「もし私達が警戒していると分かればそれだけで犯罪に対する抑止力になります。確かに犯人逮捕も大事ですがこうして未然に犯罪を防ぐことも任務の一つですから」
警戒感を解くような笑顔を向けるラーナ。いつも茜の助手として付いて回っていると言う印象しかない誠には、そんなラーナの穏やかな表情が非常に新鮮に見えた。カウラも頷きながら大通りに車を走らせる。
「それは分かった。じゃあ西園寺とアイシャは……」
『おいおい、特殊部隊上がりを馬鹿にすんじゃねえぞ』
車の固定端末のスピーカーから響くのは要の声だった。彼女の脳には常に通信端末が接続されている。そんな彼女にとっってこの車の会話を盗聴することなど手数にも入らないことなのはまことも知っている。
「なんだ聞いていたのか……悪趣味だな」
『陰口を言おうとしていた奴に言われたくねえよ!』
そう言うとしばらく雑音が響く。そしてすぐに車のコントロールパネルの画面に映像が映った。そこでは要とアイシャが並んで寿司を食っている場面が映し出された。多分端末の一つをカメラのつもりでテーブルの端にでも置いているらしい。
「そちらも今昼飯か。それに寿司か……回転寿司とは考えたな」
『まあしかたねえだろ?今の時間は開いている店が限られるんだから』
満面の笑みでトロを頬張る要。それを見ながら時々画面を見つめつつ、アイシャはかっぱ巻きを続けて口に運んでいる。
「そうだな。カルビナ、寿司でいいか?」
「できれば安いところが良いんですけど……」
いつもの控えめなラーナに戻る姿が滑稽で誠は思わず噴出した。
「じゃあ……この近くならハンバーガーの店があったろ?」
「チェーン店ですか?」
「確かそうだよな」
カウラのいう通りなので誠はうなづいた。
「ならそこで良いですよ……神前曹長もその方がいいでしょ?」
カウラは誠が頷くのを見ると笑みを浮かべてアクセルを吹かした。
「そう言えば……西園寺はラーナの意見に特に反論しなかったな。それとなにやらラーナの端末にアクセスしていたみたいだが……何か掴んだのか?」
そんなカウラの質問にウニを頬張りながらタレ目の要は大きく頷いた。
『当たり前だろ?アタシを誰だと思ってるんだよ。そんな作業でも並行してやっていなきゃなんでこんな奴と……』
『要ちゃんひどい!こんな奴なんて!』
アイシャの声だけが端末に響く。思わず誠も苦笑しながらラーナを見てみた。彼女はと言えば相変わらず自分の端末を叩いて作業を続けていた。
「で……結果は?」
『焦るなっての。そんなに簡単に行くわけ無いだろ?とりあえずラーナのデータは正確だったってことはよく分かったよ』
「有難うございます」
ラーナはついでのように答えた。それが気に入らないと言うように要はかっぱ巻きを口の放り込む。
『アタシも豊川の街をこうして回るのは初めてだが……まあ予想以上に複雑だわ、この国も』
「実のところ本当の意味で東和が大国になったのは先の大戦のあとの復興景気以降だからな。それを考えて見ればこういう地方都市の矛盾と言うものも見えてくる」
『難しいこと言うじゃねえか。まあそんなことはどうでもいいとして……今回の事件。誰が犯人でもおかしくない気がしてきたよ。特に旧市街のアパート住人と旧住人の軋轢は昔から酷いもんだったらしいや。それが今回の法術の存在の発表。火に油を注いだようなもんだ』
そう言いながら再び要は回転するベルトから高そうな寿司を手に取った。
「以前は市民団体やら市役所の担当窓口やらが仲介に入ってなんとか騒ぎにはならないでいたらしいが……すでに何軒かの訴訟が起きてる。ほとんどが法術がらみだ。アタシ等が法術師を探して歩くと言い出すかも知れない以上、豊川署の連中が会議から締め出した理由は読めてきたよ』
「恐らく法術師をめぐるトラブルの話題が会議でも取りざたされるだろうからな。うちが法術師なんてものを世の中に発表する機会が無ければよかったと言うお決まりの愚痴も叩けなくなるだろうからな」
納得したようにうなづくカウラ。誠はすぐにラーナに目を向ける。誠もラーナも法術適正のある法術師である。恐らく同じように部屋を探したりアパートに暮らしたりすれば同じように差別や嫌がらせを受けることはすぐに想像が付く。そしてそんな世の中にした法術の存在の顕現化を行なったのは他でもない『近藤事件』での誠の法術による敵アサルト・モジュールの撃墜だった。
「西園寺。そこらへんは後で話す」
誠の動揺がカウラに見透かされていたようでカウラはすばやく話を変えると端末を消した。
「気にするな……と言っても無理か」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



