超高らかに叫べ!
その顔で先輩が知っていることを確信したわたしは、そこで足を止めてもう一度聞いた。先輩はあらぬ方向へ視線を逸らして答えない。その視界に無理やり割り込むように回りこんで睨みあう。正面から見た先輩の瞳はさっき逸らされたとは思えないほどいつも通りだった。
教えてくれなきゃ帰りますよわたし。ぽつりと呟くと、先輩はため息一つついて頭を掻いた。
先輩は凛先輩に言われてわたしを迎えに来ているのだから、わたしを連れ返らないと何らかの制裁を受けるだろう。双子の癖になぜ男の真先輩の方が弱いんだろう。初めて凛先輩から漏れ聞いたとき、思わず笑ってしまったことを覚えている。
「…前先さ、こないだ準備室来たでしょ?」
「あー、行きましたね。凛先輩に届けものしに」
「あれ、リンが命と同じくらい大事にしてるやつでね」
わたしが始めて冴草の双子に会った日のこと。
いつものように図書室で本を借りた帰り、扉のところにぽつんと置き忘れられていた小さなカギ。近くにいた図書委員の先輩に聞いて、わたしは「準備室」(その時はまだ空き教室に陣取っていた)へ足を運んだのだ。
忘れ物ですよ、先輩、と、それしか言わなかったはずなのに、二日後に先輩は後継者の指名つきでわたしの前に現れた。しつこく言われ続けて一カ月。あんなに拒絶していたのにもうそんなにいやな気分でもないのは、自分でも感動してしまうくらいの心境の変化だと思う。
来月で三年生は自由登校になる。焦っている、と凛先輩が言っていたのは嘘じゃないのだ。
だから、と真先輩はわたしの方を向いて続けた。
「きっとうれしかったんじゃないの。その後よく見てみれば、前先も結構本好きじゃん」
「好きですよ、そりゃ。この学校に来るくらいですもん」
「だから、条件はそろってるんだよ」
それに、俺たちにはもうそんなに時間もない、と真先輩は凛先輩とまるきり同じ口調で繰り返した。
「…別に、もうそんないやでもないですよ」
「お、言ったね? さすが前先」
「え、いやあの別にやるとかは言っ、」
「ほーら今やるって言ったー」
「ちょっと先輩!」
引き戸を通った先にある階段を上って、右に曲がって数メートル。第三資料室の扉を開けた先で、凛先輩が窓際で猫と戯れていた。
「…初、やっぱり来てくれた」
「リン、前先やるってさ」
「…絶対に訴えてやる」
「諦めなよ。さっきやるって言ったでしょ?」
「言葉のアヤです。詐欺です。あれは間違いなく挙げ足取りと詐欺と誘導尋問でした」
まあまあ、と真先輩が笑う。窓辺でごろごろと喉を鳴らす猫で遊びながら、凛先輩が一瞬だけこちらを見た。
「どうせこの移動準備室制だって、誰が始めたのかわからないんだから。誰が終わらせたってわからないよ」
「じゃあ絶対わたしで終わりですね。残念でした」
「…文化祭には見に来るから」
「それまでに準備室を図書室にくっつけてみせます」
「好きにして。…でも、その時になってもまだ初が準備室を動かしてたら、アタシは多分笑う」
「え、それは馬鹿にして?」
冗談半分で聞きかえしたら、凛先輩は表情を動かさないまま首を振る。色素の薄い猫っ毛がふわふわと揺れる。
じゃあどういう意味なんだろうと考えかけたら、真先輩が苦笑気味に言った。
凛先輩とじゃれあっている猫がなぁおと一声だけ鳴いた。
「でもリンはどうせ準備室動いてなくても笑うだろ?」
「うん」
「訴えてやる!!」
それでもきっと、わたしは準備室を手放せないんだろうなあ、と、二人の先輩を見ながら、ぼんやり思った。
だってもう、なんかわかんないけど既に大好きなんだもの、この珍妙極まりない空間が。
「こんにちは、アリス。愛してるよ」
にっこりと微笑んだその男の人の胸に輝く女王陛下の紋章を見て、ありすは絶望で目の前が真っ暗になりました。
─────捕まってしまった。
(『不思議の国のアリス姫』 二巻 482ページ)