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失敗ダークネス

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荒廃した大地、人の消えた町。国の中心たる城の最上階で、血の臭いに包まれた玉座へもたれかかって彼女は呟いた。

 ────────ただいま、いとしいわたしのふるさと。

***

「……なに、これ」

 人一人通らない、ただ乾いた風が行き過ぎているだけの広場を見て、ノゾムは愕然と呟いた。
 本来ならこの時間は間食や夕食の材料を買い求める人で賑々しくごった返しているはずの広場なのに、今はまるで廃墟のように静まり返り、固く扉の閉ざされた民家からは人の気配が一切消えている。後ろに居るムツやキョウコも同じことを思ったらしく、ざらりとためらいがちに足を引いてしまった音が聞こえた。
 先月身罷ったばかりの王に変わって政治を執り行っていた姫の命令で、辺境にある凶事の調査に行っていたとはいえ、彼女たち三人が国元を離れていたのはせいぜいが二週間である。その二週間の間、この国で一体何が起こったというのか。

「ムツ、調べられる?」
「…むり。何かしらねーけど、スキル使えなくなってる。キョウコのサーチは?」
「使えることは使えるけど、多分、私以上の術者がいる。ノイズがかけられててさっぱり」
「うーん…ほんとに、何が起きたんだろう…」
「滅ぼされたんだよ、悪魔とその契約者に」

 首をかしげる三人に、唐突な声が割って入る。思わずその方向に体ごと臨戦体制で向き直った視線の先で、ずいぶんとぼろぼろになった赤茶色の布で体を隠しながら立っている男が一人。

「アケルくん!」
「おかえり、キョウコ。そんで出来るだけ早くおまえらまとめてこの国を出ろ」
「「は?」」

 駆け寄ったキョウコをぎゅっと抱きしめて早口で言い放った男───アケルは珍しく深刻な顔をして続けた。もっとも、その腕には恋人を抱きしめたままである。

「最後の砦だったマドカ姫もあいつらの手に落ちた。俺たちに勝ち目はない。命は大事にするべきだろ」
「でも────だからって、姫様をおいてあたしたちだけ逃げるなんてできないよ、アケル先輩」
「わがまま言うな。俺だってここまで来るのが精一杯だったんだぞ…っ」
「アケルくん、待ってまさか、」

 震える語尾のその言葉で、キョウコはようやく彼が自分を抱きしめたまま離そうとしない理由を理解した。
 ────アケルと契約していたはずの精霊がどこにもいない。
 精霊遣いとしてハイエンドクラスに属するアケルは、国のため姫のために働き始めた頃ある精霊と契約をした。火と土を元素とする双子の精霊が忌避する孤独と絶望を埋める代わりに、精霊の持つ強大な力を借りるというその契約は太古からの儀礼に倣っている。契約と言う名の元にアケルに憑依した精霊が何らかの原因で打ち破られたとき、契約を交わしたアケルもまた生きていくことはできない。後を追うようにかの精霊が元素とする火と土に分解されて消えるのだという。
 常にアケルの傍で彼になつき彼を守っていたはずの精霊がいない。それはつまりアケルの消滅を意味するが、おそらく彼は持ち前の類稀なる技術でその呪いのような契約を圧し留めているか何かしているらしい。もちろんそれには膨大な魔力を必要とするが、精霊を破られたアケルにそんな力があろうはずもなく、三人の内で最も魔力を持っているだろうキョウコにぺったりくっついているのだろう。身体的接触による魔力の譲渡は基本中の基本だ。
 …ただ単純に、久々に逢った恋人に対するスキンシップと言う意味もあるのだろうが。

「いちお、キョウコのおかげで保ってるけど、あんまもらってばっかもできないしな。だから早く逃げろ」
「アケル先輩置いて行けるわけないでしょ。そもそも俺たちは姫様を見捨てられない」
「拾っていただいたご恩はまだ返せてない。あたしたち、姫様を助けに行くよ」
「助けに? おまえら、オレの言ったこと聞いてたか? 姫さんは城ごとあいつらに囚われたんだぞ。痛い目見るのはそっちなんだって!」
「でも可能性が少しでもあるのに姫様をあきらめられないよ。ねえアケルくん、『何』がこの国を襲ったの?」

 あっさりと至極当然のように言い放ったムツ。毅然とした瞳で言い張るノゾム。静かな声で問いかけたキョウコ。
 三者三様の表情で、それでも誰一人として逃げると言う選択肢を選ぼうとはしない。
 そもそもこの三人は堕落した役人に喧嘩を売って死刑に等しい刑罰を受けようとしていたところを、マドカ姫によって命を助けられたのだから、その恩人を置いて逃げろと言ったアケルの方が間違っていたと言えないこともない。
 国の必修学術院で彼女たちが己の後輩だったころから、言い出したら聞かないことには定評のあった元犯罪者集団を眺めて、アケルは処置無しとばかりにため息をついた。

「あー、もう…おまえら死にに行こうとしてるってことわかってんのかよ…」
「死なないよー! だって二人がいるもん!」
「ま、三人居りゃ意外と何とかなるもんだしなあ」
「大丈夫だよ、アケルくんの守護がついてるもの」

 底抜けの明るさで笑う三人をまぶしそうに見つめたアケルの姿が不意にブレた。抱きしめられる腕の力が弱まったことに気付いたキョウコがはっと見上げると、視線の先でアケルが笑う。

「やだ、アケルくんっ」
「先輩っ!?」

 やんちゃな子供たちを呆れまじりに微笑ましく見守るような力の抜けた笑みで、ゆらゆらとその姿を少しずつ風に溶かしながら精霊遣いがぽつんと言った。

「あいつらはもう、おまえらの知ってる人間じゃない。隙を見せたら後悔する暇もなく殺されるからな、それだけは忘れんな───────」

***

 結局アケルの言っていた「あいつら」が誰なのかさっぱりわからないまま、三人は街の中央に位置する城の中まで足を踏み入れていた。
 一歩進むごとに、足元でざくりと霜柱を踏みつぶすような音ががらんどうになったエントランスホールに響き渡る。避ける隙間もなく床中に広がっているのは黒く燃えた痕のある土で、おそらくアケルが応戦した跡なのだろう。そのせいか城攻めの際一番の戦場になるはずのホールに死の臭いは微塵もしない。
 時折隅の方で乾いた音を立てて崩れる土くれがむしろ彼の不在を主張しているようで、キョウコは思わずこぼれそうになった涙を瞬きで追い払った。

「…静かだね」
「確かに、死体が無いわりに人の気配がしないなあ。上か?」
「とりあえず姫様の謁見の間まで行ってみよう。あそこは一番強い結界があるはずだから」

 揺るぎない瞳でそう言ったキョウコの目は、さっきからずっと押し寄せてくる涙の波をギリギリで抑え込んでいるせいか中途半端に赤い。付き合いの長いノゾムとムツがそれに気付いていないはずもなかったが、二人とも何も言わない。
 泣いていいのは終わってから。暗黙の内にそう決まっていた。

 結論から言って、平穏な風景を残していたのは最初のエントランスだけで、後は虐殺と言って差し支えないレベルの血の海だった。
 階を増すごとに部屋を通るごとに増えていく死体と死臭。
作品名:失敗ダークネス 作家名:ひわだ