夢問人
それから数年後。
まるで人々は、怪物や魔王の存在さえも始めからなかったかのような、目覚しい国の復興を遂げ、活気溢れる生活を送っていた。街人には、以前の様な絶望に満ちた暗い生活など想像もできないくらいの笑顔があった。
人々は言う。
「魔王?
ああ、あの時は苦しかったけど、おかげでこんなにこの国は活気づいたしねぇ。ま、魔王様々って所かね」
「勇者?
ああ、何かあの時はさ、凄く格好よく見えたけど、ほらやっぱり貴族じゃないじゃない?
あの人。何か王室向きじゃないっていうかさ」
「…ここだけの話、姫様とはとっくに離婚したらしいのよ。ま、向いてなかったんじゃない?
公にはしてないみたいだけどね… 」
「所詮勇者なんていっても、魔王がいればこそなんじゃない? 」
人々は、英雄を英雄と思わなくなっていった。まるで、魔王と勇者の立場が逆転してしまったかのように。
平和な時間は、残酷なまでに、静かに英雄の存在を奪っていった。
少年は怒っていた。
街の人々の勇者をあざ笑う声が許せなかった。
少年には両親がいなかった。先の魔王の侵略によって、あっという間に、両親を失ってしまった。それ以来、薄暗い街の一角にある孤児院で、数名の孤児たちと共に暮らしていた。
少年には夢があった。少年の父親は街でも有名な薬師だった。物心付いた時から、薬草や薬品に囲まれて生活をしてきた。もちろん、薬師という人を治療するという仕事に興味もあったので、少年は両親に負けないくらいの勉強をしてきた。子供ながらにその知識はその辺の大人より、自慢できるほどあった。両親が亡くなった今でも、諦めることなく勉強は辞めていない。
少年は父親に負けない程の薬師になるのが夢だったし、両親の仇を討ってくれた勇者に自分の薬を使ってもらうのも夢だった。
だから、勇者の凱旋パレードや結婚式も、まるで自分のことのように嬉しかった。少年にとって、彼は憧れの存在だった。
しかし、そんな英雄の噂は瞬く間に地に落ちた。それは、自分自身を否定されるくらい、悔しかった。
「勇者とは名ばかりの臆病者」
そんな抽象的な噂話が街中に溢れていた。
―誰かが、勇者を陥れるために噂を流したに違いない―
少年は、そう思い込もうとしていた。