太陽の花
「クリームをあんまり甘くしなかったから、郁斗も大丈夫だと思うけど……」
大丈夫かな、と何やら考え込んでしまった静奈の頭を郁斗はそっと撫でてやると。
ばしゃん。
冷たいものが郁斗の髪や肩を滴り落ちてゆく。
水をかけられたのだと気づくのに、数秒かかった。
「郁斗!? 大丈夫?」
驚いて叫ぶ静奈の背後から、郁斗のよく知った人物が現れる。
「ごめん。手が滑っちゃった」
悪びれた様子もなく、そう呟く人物を郁斗は睨みつけた。
目下、彼の天敵かつ幼馴染である柊吾の姿を認め、郁斗は彼から目をそらす。
手が滑ったなどと、よく言えたものだ。
……絶対わざとに決まっているのに。
「久しぶりだね、郁斗」
「……ああ」
不機嫌な態度を隠そうともせず、郁斗が頷いた。
「静奈、遅くなっちゃって、ごめんね。頼まれたもの買ってきたから」
早く冷蔵庫に入れてきた方がいいよ、と言って、彼女に荷物を手渡す。
「うん」
荷物を柊吾から受け取りつつも、心配げな視線を静奈は郁斗に送りながら駆け出す。
「待ってて、今、タオル取ってくるから」
「大丈夫だよ。今日はこんなに暑いんだから」
郁斗が答えるより早く、柊吾がそう言って笑顔で彼女を送り出す。
「うん」
心配そうにしながらも静奈は小さな声で頷き、何度か振り返りつつも、家の中へと入っていた。
「抜け駆けとは随分じゃない、郁斗?」
「……お前にだけは言われたくない台詞だな」
不愉快を隠そうともせずに郁斗が吐き出す。
自分がいない間に抜け駆けをしていなかったとは思えない。
柊吾の事だ。
彼の静奈に対する恋心は嫌というほど知っているから。
「相変わらずだな」
「郁斗もね」
郁斗の嫌味をかわして、柊吾が笑む。
くすくすと楽しそうに笑う柊吾から郁斗は顔をそらした。
「……勉強は忙しい?」
「まぁな」
唐突に柊吾に尋ねられて、一瞬、驚いたような表情を見せたが、郁斗はすぐに冷静さと取り戻した。
「ふぅん」
興味がないように素っ気無く相槌を打ちながら、柊吾は納得したような表情を浮かべた。
「そうじゃなきゃ、もっと頻繁に帰ってくるはずだよね」
静奈の事が心配で、と柊吾が付け足す。
そんな柊吾を睨みつけて、郁斗が黙り込む。
確かに彼の言う通りだった。
離れていて不安でなかったといったら、嘘になる。