蚊帳の外で籠の中。
●インサイド・トゥ・アウトサイド
夜。玄関と職員室と保健室とが煌々と光っている。誰にも見つからないコースで、俺は保健室へ一直線。この暗くない夜の中にお嬢はまだ閉じこもっている。おそらくあの白いカーテンの向こう。窓から室内の様子を確認して、俺は携帯電話を取り出した。芦田譲は電話帳の一件目にいる。呼び出し音。机の上で震える携帯。開くカーテン。不思議そうな顔のお嬢がベッドから降りて携帯を手に取った。
「もっしー」
「登録した覚えのない坂村という名前が表示されていたんだけどなにこれ」
「俺が勝手に登録しました。ついでにお嬢の番号とアドレスもゲットしておきました」
「最悪」
「へけっ」
「そこはせめて『てへっ』にしとけよ……」
項垂れるお嬢を外から眺めるのは思いの外楽しかった。
「ところでお嬢、なんでこんな遅くまで保健室にいるの」
「え」
お嬢は顔を上げてきょろきょろと辺りを見回した。ひらひらと手を振ってみる。気付かれた。驚いた顔は訝しげになってから最終的には嫌悪感を示し、窓際へとやってきた。
「おっと、窓を開けるなよ。電話も切るな」
「なんだよ。つかお前こそなんでいるんだよ」
「お嬢に用があったから」
携帯電話を持つくらいなら右手でもできるので、左手で金属バットを担ぎなおした。お嬢がぎょっとした。
「なに、それ」
「壊すのってさ、スッとするんだよ」
は、と言葉とも息ともつかない音が、耳に入ってきた。
「なんだろね、なんつうかね、いらいらしててね。利き手が自由に使えないとか、経済が世界的にヤバいとか、内定取り消しとか、うっかり男の子を好きになっちゃったとか」
呆れよりも焦りに近い「はあ?」という相槌を受けてから俺は言葉を続ける。
「でも放火までする度胸はないんだわ。お嬢の読み通り、犯人は完全に頭がおかしいわけではありません」
「…………」
「でも、お嬢には言われたくないわ、中途半端とか。お嬢だって大概中途半端だろ」
拒絶したいならもっと徹底的にできるはずなのだ。学校だって、家だって、俺のことだって。
「ほんのたまーにだけど見ていて腹が立つことがあったよ。だから、悪いけど、ちょっと窓から離れててくれる?」
返事は待たずに俺は電話を切った。ガラスの向こう、明るい場所から丸い目がじっとこっちを見ている。いつになく素直で真っ直ぐな表情。
夜、闇、孤独、停滞。手前勝手な連想ゲーム。だけどもう壊さなきゃ気が済まないみたいなので。
「坂村、いっきまーす」
白い息を吐いて、左手でバットを握り、右手は添えるだけ。振り上げて、振り下ろす。単純な破壊。これが最後だ。
俺の動機は話したから、あいつの動機を聞かなくちゃ。