蚊帳の外で籠の中。
●アウトサイド
お昼休み、第二校舎裏、雑木林を前にしてベンチに腰掛ける。生徒たちのざわめきは遠い。
「やれやれだわ」
隣の保健医はそう言って肩をすくめた。
「この私だって、あの子を手懐けるまでに結構時間がかかったというのに、何なのキミは。たった二、三週間でまんまと攻略しやがってさ」
保健医が溜め息混じりに首を振ると尻尾のような長髪が左右に揺れた。今度は俺が肩をすくめる番。
「攻略? 全然まだまだじゃないッスか。俺はもっとお嬢と仲良しになりたいッスよ。つかぜってーなるし。諦めねーし」
「あっそう。んじゃがんばれば」
右手を取られる。あっという間に古い包帯が解かれて、新しい包帯に覆われていく。保健医なだけあって仕事は早い。
「仲良しになるということは具体的にはどうなることを指すのでしょう」
包帯を巻き終えた保健医が、不思議そうに試すように、俺を見た。
考える。言葉を探す。口を開く。
「もっとお互いのこと知って、もっと理解すること……とか?」
「ふうん」
保健医は気のない返事をして仕事の道具を救急箱へ片付ける。携帯用の救急箱。この保健医は度々これを携え学校中を散歩する。本人は出張サービスとかなんとか言ってるけど、多分保健室であいつと二人きりで居続けるのが嫌なんだと思う。
とか考えてたら保健医は白衣の内側に手をつっこんで小さな箱を取り出した。
「喫煙おーけー?」
「あんた保健医のくせに煙草吸うんですか?」
「いくら学校の先生が聖職者と言われていたってね、業務時間外の行動まで制限される謂われはないわ」
「今は思い切り勤務中でしょうが」
「まぁそれはいいとして」
「いくない」
「あんたの愛しのお嬢だけど」
「え? お嬢がなにか?」
「キミの目指す仲良しはきっと無理よ」
「諦めたらそこで以下略!」
「まぁ頑張るのは勝手だけれどね」
俺の制止を振り切って保健医は煙草をくわえた。
「火」
「ねぇよ」
「ケチ」
「お嬢の話をして下さい」
ちょっとだけ真剣さを含ませた声は却って保健医を苛立たせたようだった。前髪の下で眉が寄ったのが見える。
「坂村、確かにキミはあの子に多少認められている。でもここまでよ。あの子はきっとこれ以上はキミを立ち入らせない。あの子は他人の理解を求めていないし、誰のことも必要としていない。というか、そういう風でいようとしている。わかるでしょう?」
それは疑問形というよりは確認事項で、完全に上から目線で、聞き分けのない子供へ言い聞かせる大人の使うような語尾だった。俺は頷かない。かといって首を横に振ることもしなかったが。
「閉ざされた心を開くことは保健医の業務内容には含まれないんですか?」
「そう思うなら私の仕事取らないでくれる?」
薄い笑いは酷く意地悪く見えた。参った。どうにも話がわからない。
「キミはいったい何をしたいの?」
それはこっちの台詞だ。と思った。けれど。
「俺はお嬢のことが好きなんだと思いますよ」
とりあえず、そんな風に俺は笑った。
お嬢っつっても、あいつ男なんだけども。
お昼休み、第二校舎裏、雑木林を前にしてベンチに腰掛ける。生徒たちのざわめきは遠い。
「やれやれだわ」
隣の保健医はそう言って肩をすくめた。
「この私だって、あの子を手懐けるまでに結構時間がかかったというのに、何なのキミは。たった二、三週間でまんまと攻略しやがってさ」
保健医が溜め息混じりに首を振ると尻尾のような長髪が左右に揺れた。今度は俺が肩をすくめる番。
「攻略? 全然まだまだじゃないッスか。俺はもっとお嬢と仲良しになりたいッスよ。つかぜってーなるし。諦めねーし」
「あっそう。んじゃがんばれば」
右手を取られる。あっという間に古い包帯が解かれて、新しい包帯に覆われていく。保健医なだけあって仕事は早い。
「仲良しになるということは具体的にはどうなることを指すのでしょう」
包帯を巻き終えた保健医が、不思議そうに試すように、俺を見た。
考える。言葉を探す。口を開く。
「もっとお互いのこと知って、もっと理解すること……とか?」
「ふうん」
保健医は気のない返事をして仕事の道具を救急箱へ片付ける。携帯用の救急箱。この保健医は度々これを携え学校中を散歩する。本人は出張サービスとかなんとか言ってるけど、多分保健室であいつと二人きりで居続けるのが嫌なんだと思う。
とか考えてたら保健医は白衣の内側に手をつっこんで小さな箱を取り出した。
「喫煙おーけー?」
「あんた保健医のくせに煙草吸うんですか?」
「いくら学校の先生が聖職者と言われていたってね、業務時間外の行動まで制限される謂われはないわ」
「今は思い切り勤務中でしょうが」
「まぁそれはいいとして」
「いくない」
「あんたの愛しのお嬢だけど」
「え? お嬢がなにか?」
「キミの目指す仲良しはきっと無理よ」
「諦めたらそこで以下略!」
「まぁ頑張るのは勝手だけれどね」
俺の制止を振り切って保健医は煙草をくわえた。
「火」
「ねぇよ」
「ケチ」
「お嬢の話をして下さい」
ちょっとだけ真剣さを含ませた声は却って保健医を苛立たせたようだった。前髪の下で眉が寄ったのが見える。
「坂村、確かにキミはあの子に多少認められている。でもここまでよ。あの子はきっとこれ以上はキミを立ち入らせない。あの子は他人の理解を求めていないし、誰のことも必要としていない。というか、そういう風でいようとしている。わかるでしょう?」
それは疑問形というよりは確認事項で、完全に上から目線で、聞き分けのない子供へ言い聞かせる大人の使うような語尾だった。俺は頷かない。かといって首を横に振ることもしなかったが。
「閉ざされた心を開くことは保健医の業務内容には含まれないんですか?」
「そう思うなら私の仕事取らないでくれる?」
薄い笑いは酷く意地悪く見えた。参った。どうにも話がわからない。
「キミはいったい何をしたいの?」
それはこっちの台詞だ。と思った。けれど。
「俺はお嬢のことが好きなんだと思いますよ」
とりあえず、そんな風に俺は笑った。
お嬢っつっても、あいつ男なんだけども。