土地神さんと僕
初恋
「やっと、気がついてくれましたね」
そう言って今にも溶けてしまいそうな笑顔をこちらに向けている少女。
こんな風に異性から笑顔を向けられた経験のない僕はどうしたものか本気で悩んだ。
いや、どうすればいいのかわからないだけか。
「あ、あの… いつからそこにいたんですか？」
とりあえず無難な質問からしよう。
別に緊張する必要はないが、なぜかぎこちなくなってしまう。
「えぇと…」
少女の表情が少し曇る。
なぜだ！ 何か妙なことを聞いてしまったのか？
僕は必至に過去の発言を振り返る。
…いや、振り返るも何も一言しか発していないじゃないか。
そこまで思考を巡らせた後に一つミスに気がついた。
しまった！ 初対面ならまず自己紹介か！
「私は…」
「ぼ、僕は高篠 燵磨（たかしの たつま）です！ よ、よろしくお願いします！」
少女が何かを発しようとしていたのを覆いかぶさるように、僕はその場に立ちあがり挨拶をしてしまった。
あぁ、バカだな僕は。
「存じておりますよ、高篠さん」
優しく微笑む少女の瞳に心が吸い込まれた気がする。
――僕はその少女に初めての恋をした。
理由など特にない。ただ僕の直感がそう教えてくれている。
以前、唯と恋愛の話になった時、
「恋にもいろいろあるんだよ。自分からする恋もあれば、一瞬で落ちる恋もある。燵磨はまだお子ちゃまだからわかんないんだろうけどねー」
確かに僕はガキだった。
でも、今ならなんとなくわかりそうな気がする。
「私はずっと高篠さんの傍におりました。あなたが生まれる前から」
少女の言っている意味がわからなかった。
ずっと傍にいたのになぜ今気がついたのか。
生まれる前から一緒にいた、とはどういうことか。
「…やっと逢えました」
少女の瞳が大きく潤む。
その瞬間、少女は僕の胸に飛び込んできた。
とてつもなく軽い。いや、重みを感じないと言うべきか。
しかし、そこには少女が存在し確かな温もりもあった。
少女の名前は朔夜（さくや）といった。
名前しかないのは、氏にあたる部分が特にないらしい。
強いて挙げるとすれば、この土地の名前大守神（おまもりしん）というそうだ。
朔夜はこの土地に宿る神様らしい。
正直そんなことを目の前の少女から言われてもピンとは来ないが、ラノベ愛読者としては気になるところだ。
まさか僕が主人公ポジションにありつけるなんて夢にも思っていなかったわけである。
僕の遥かご先祖様との恋物語が手元にある『神が愛した青年』に登場する青年とのこと。
つまり、この本は実際の出来事を記した伝記なんだとか。
こうして本にしておくことで、自分とのつながりをいつまでも残しておきたいと言った朔夜の思いだった。
その本を偶然、子孫である僕が読んでしまったことで朔夜は僕の前に姿を現す事が出来たらしい。
何か理屈を説明されたが僕にはさっぱりわからなかった。
「と、ともかく君がこの本の中に書いてある土地神様ということはなんとなくわかったよ」
「ありがとうございます。ただ、私の存在は私を認知したものしかその姿を捉えることはできません。ですので…」
朔夜は何か申し訳なさそうにうつむいた。
「何も知らない方から見れば、高篠さんは一人でしゃべっているように見えてしまうので、少々怪異な目で見られるかもしれません」
そう指差す先には案の定図書館に残っている他の生徒がこちらを見ていた。
不気味、疑問、哀れみ様々な感情が混じった視線を浴びせかけている。
いつからだ。いつから見ていたんだ！
どうにも恥ずかしく居たたまれない気分に僕は図書館を後にした。
「ごめんなさい、もっと早くお伝えすれば良かったのですが…」
朔夜は小さくなりながら僕に謝罪をした。
その縮こまった姿が何とも可愛らしかった。
「気にしないでいいよ。別に君がわるいわけじゃないからさ」
本当は気にして凹みまくっているが、ここは男を見せるべく強がりを言った。
「高篠さんは優しいですね。私、高篠さんに思いを寄せて本当に良かった…」
涙混じりに無理やり作った笑顔は夕陽に照らされて良く見えなかった。
「高篠さん。私はどうしてもお礼が言いたかった。荒れ果てた私の土地を精一杯潤してくれた。人間を恨みそうになっていた私を引き止めてくれた。本当にありがとう…」
朔夜は僕に口付けをするかのように重なり、そして静かに消えた。
「え…っ！」
一人残された僕は朔夜の姿を探すすべもなく、ただ夕陽が沈むのを見ていることしかできなかった。
僕の初恋は数時間で終わる儚いものになってしまった。