密研はいりませんか?
“The world is governed by very different personages from what is imagined by those who are not behind the scenes.
by Benjamin Disraeli
小学校最後の夏、中学校最後の夏、高校最後の夏。それはどの時でも、『最後の夏』には思いっきり楽しみたくなるものである。だが進路など、将来の事が邪魔をして結局中途半端になってしまう。
だが、これは……。
「やり過ぎだって!」
俺は、地上から四千メートル上空のヘリコプターの中で飛び降りようとハッチに身をのりだしている、山勢に向かってそう叫んだ。
「え?」
山勢は俺の方へ向き直って、叫び声に近い声でそう聞き返してきた。風のせいで、全く聞こえない様子だ。
「だから、やり過ぎ――」
そう言いかけた瞬間、山勢の姿はあっさりと消えてしまった。
「マジかよ!」
「あぁ、本当も本当!」
俺につていたインストラクターが笑顔でそう云い、ハッチに近づいた。
「三秒数えたら行くぞ!」
「え、ちょ! ちょっと――」
は? 急過ぎだろ!
あまりの急展開に心臓が早鐘を打ち、無性にトイレに行きたくなった。
「一、二、三!」
「ちょま――」
言葉の抵抗も虚しく、あっさりと飛び降り、広大な空へ放たれた。そして一気に地上へとまっしぐらに落ち始めた。
「やっほう!!」
笑顔でそう叫ぶインストラクター。それとは対照的にあまりの恐怖で声も出せなかった。降下するに伴い下から受ける風の力によって頬が釣り上がり、口の中の水分は消えて行く。
「うわぁぁ!!」
ようやく叫べるようになったかと思えば、ガラガラの声。
高速で落ちて行く。それも真っ逆さまに。命綱も無い。救いは、この陽気なインストラクターだけ。あぁ、もうおしまいだ。おしまいだ。
この企画に参加した事への後悔と、パラシュートがでないまま高速で地面に叩き付けられる事を想像してしまったダブルパンチで、最初の頃より気持ちは圧倒的に萎えていた。
「何でこんな事に!!」
俺の心の叫びは、地上から三千五百メートルの地点で悲しくも風によってかき消された。
キッカけは約一ヶ月半前の山勢の話からだった。
廊下を中三の学生とは思えないほどの勢いで走ってくる男がいた。
「西乃、凄いよ!」
低く伸びた鼻、そばかすだらけの白い肌。遠くからでもよく分かる特徴的な顔をした、小太りな男。山勢輝之が近づいて来た。息を切らして走ってきたせいだろうが、短髪の前髪が逆立っている。服装はというと、今時のボンタンを着ているかのように見える夏服の黒いズボン。上の制服は言わずとも、汗ばんでいて下着が見える。
「いや、本当に……凄い……んだよ……」
別に誰も否定してないけど。
自分の膝頭に手を置いて、もだえている。あまりにも呼吸が整っていないせいでこっちが深呼吸してしまいそうだ。
「深呼吸、深呼吸」
そう返す。すると山勢は俺の肩に手を置いて、深呼吸し始めた。数秒後、再び口を開いた。
「イルミナティなんて目じゃないよ!」
やっと話せるようになったかと思えば、いきなり何を言い出すのやら。「え?」と返す事しか出来ない。
「とりあえず、トイレ行こうぜ。な?」
周囲からの痛い視線に気づき、トイレに逃げる事にした。
ここなら誰もいないな。
「どうしたんだよ」
「すごいんだ、本当に」
呼吸がましになったようで、顔つきがよくなった。そこで一旦言葉を止め、また話し始めた。
「ベンジャミン・ディズレーリの名言。覚えてる?」
ベンジャミン・ディズレーリの名言? 何だっけ? ピンとこない。
「ほら、世界は――」山勢がそう言いかけた時、あっさりと思い出した。
「世界は、その舞台裏をのぞいたことのない人間には想像もつかないような人物によって支配されているってやつ?」
すると、山勢はとびきりの笑みを浮かべながら頬を上げて、頷いた。
「まさにその通り」
すると丁度のタイミングで、チャイムが鳴った。山勢は少し悔しそうな顔をした後「詳しくは放課後の密研で」と言ってトイレからでて行った。
一体どうしたんだ?
山勢の発言は気がかりだったが、自分も遅れまいと急いでトイレから出た。
教室に戻ると、時間を間違えたのか相変わらず騒がしい。
まったく、朝からよく騒げるよな。
念のため教室のスピーカーの横に掛けられた時計を見た。八時四十五分。時間は合ってるのに。すると、生徒の一人が教卓の前に立った。
「これから朝の会を始めます。起立」
急いで自分の机に戻った。六班の最後列、居なくてもあまり気づかれない。
「気をつけー、礼」
「「おはよーございます」」
疲れきったような声で朝の会が始まった。
そっと席に座る。日直が朝の会を淡々と進め始めたのを尻目にある事を考えた。
今日の山勢はいつもより何か変だ。周りの人からすればいつもと変わらないかもしれない。ただ、あの自信たっぷりの頷きには何かがあるはずだ。今日の放課後に分かる事だが、謎めいたことを言われると、答えがしりたいのと同時に苛立を感じてしまう。山勢と一緒に活動している、研究部の名は『機密捜査研究部』と言う。略して『密研』とも言われている。いかにも、山勢が好むような名前。部長はもちろん山勢輝之で、副部長はこの西乃優斗。部員は、同じ学年で山勢が勧誘した紅一点の近藤春香。主な活動内容はその名通り、自分の気になる事柄、政治的、軍事的、民間の中での出来事など、スケールの大きいものから小さいものまで『機密』の匂いが漂うものは徹底的に調べて、真実を追究するというものだった。よく『オカルト研究部』と言われるが、山勢はそれを嫌っている。確かに今まで調べてきた中でエイリアンや奇怪現象、現実的には不可能な科学技術などの要素が引っかかっていた。だが実際の事柄を調べてみると、建物の影が人に見えただけ、といった見間違いや聞き間違いばかりでSFチックな事は何一つとしてなかった。それでも、何らかの成果は時々ある。
そんな俺たちも、もう中学三年の夏を迎えようとしてる。活動も、三年になってから一気に少なくなり、月ごとの部活動反省会の時にしか顔を合わせなくなっていた。なのにいきなりどうしたんだろうか?
久しぶりに放課後に何かが起こるような気がした。
晴れたイタリアの空に一体のヘリコプターがホバリング(空中静止)していた。
カトゥッロ通り。ヴァチカン市国から西南の海沿いにあり、ホテルの立ち並ぶ通りである。
「今の招集者は、性格が曲がってるよな。なにも、童貞様の横でやらなくてもよ」
ヘリコプターの後部座席に座っている、男がサンドウィッチを食べながら隣の男にそう言った。
「今回の招集者は、慈悲深き方だ。無礼のないようにしろ。でないと、お前の所は削られるぞ」
男は窓の外を見ながら、サンドウィッチを頬張る男にそう言った。
一体、この集まりで何を決めるつもりなんだ? 欧州とアジアを集めるとはあまりにも斬新すぎる。
「出てきましたよ」
by Benjamin Disraeli
小学校最後の夏、中学校最後の夏、高校最後の夏。それはどの時でも、『最後の夏』には思いっきり楽しみたくなるものである。だが進路など、将来の事が邪魔をして結局中途半端になってしまう。
だが、これは……。
「やり過ぎだって!」
俺は、地上から四千メートル上空のヘリコプターの中で飛び降りようとハッチに身をのりだしている、山勢に向かってそう叫んだ。
「え?」
山勢は俺の方へ向き直って、叫び声に近い声でそう聞き返してきた。風のせいで、全く聞こえない様子だ。
「だから、やり過ぎ――」
そう言いかけた瞬間、山勢の姿はあっさりと消えてしまった。
「マジかよ!」
「あぁ、本当も本当!」
俺につていたインストラクターが笑顔でそう云い、ハッチに近づいた。
「三秒数えたら行くぞ!」
「え、ちょ! ちょっと――」
は? 急過ぎだろ!
あまりの急展開に心臓が早鐘を打ち、無性にトイレに行きたくなった。
「一、二、三!」
「ちょま――」
言葉の抵抗も虚しく、あっさりと飛び降り、広大な空へ放たれた。そして一気に地上へとまっしぐらに落ち始めた。
「やっほう!!」
笑顔でそう叫ぶインストラクター。それとは対照的にあまりの恐怖で声も出せなかった。降下するに伴い下から受ける風の力によって頬が釣り上がり、口の中の水分は消えて行く。
「うわぁぁ!!」
ようやく叫べるようになったかと思えば、ガラガラの声。
高速で落ちて行く。それも真っ逆さまに。命綱も無い。救いは、この陽気なインストラクターだけ。あぁ、もうおしまいだ。おしまいだ。
この企画に参加した事への後悔と、パラシュートがでないまま高速で地面に叩き付けられる事を想像してしまったダブルパンチで、最初の頃より気持ちは圧倒的に萎えていた。
「何でこんな事に!!」
俺の心の叫びは、地上から三千五百メートルの地点で悲しくも風によってかき消された。
キッカけは約一ヶ月半前の山勢の話からだった。
廊下を中三の学生とは思えないほどの勢いで走ってくる男がいた。
「西乃、凄いよ!」
低く伸びた鼻、そばかすだらけの白い肌。遠くからでもよく分かる特徴的な顔をした、小太りな男。山勢輝之が近づいて来た。息を切らして走ってきたせいだろうが、短髪の前髪が逆立っている。服装はというと、今時のボンタンを着ているかのように見える夏服の黒いズボン。上の制服は言わずとも、汗ばんでいて下着が見える。
「いや、本当に……凄い……んだよ……」
別に誰も否定してないけど。
自分の膝頭に手を置いて、もだえている。あまりにも呼吸が整っていないせいでこっちが深呼吸してしまいそうだ。
「深呼吸、深呼吸」
そう返す。すると山勢は俺の肩に手を置いて、深呼吸し始めた。数秒後、再び口を開いた。
「イルミナティなんて目じゃないよ!」
やっと話せるようになったかと思えば、いきなり何を言い出すのやら。「え?」と返す事しか出来ない。
「とりあえず、トイレ行こうぜ。な?」
周囲からの痛い視線に気づき、トイレに逃げる事にした。
ここなら誰もいないな。
「どうしたんだよ」
「すごいんだ、本当に」
呼吸がましになったようで、顔つきがよくなった。そこで一旦言葉を止め、また話し始めた。
「ベンジャミン・ディズレーリの名言。覚えてる?」
ベンジャミン・ディズレーリの名言? 何だっけ? ピンとこない。
「ほら、世界は――」山勢がそう言いかけた時、あっさりと思い出した。
「世界は、その舞台裏をのぞいたことのない人間には想像もつかないような人物によって支配されているってやつ?」
すると、山勢はとびきりの笑みを浮かべながら頬を上げて、頷いた。
「まさにその通り」
すると丁度のタイミングで、チャイムが鳴った。山勢は少し悔しそうな顔をした後「詳しくは放課後の密研で」と言ってトイレからでて行った。
一体どうしたんだ?
山勢の発言は気がかりだったが、自分も遅れまいと急いでトイレから出た。
教室に戻ると、時間を間違えたのか相変わらず騒がしい。
まったく、朝からよく騒げるよな。
念のため教室のスピーカーの横に掛けられた時計を見た。八時四十五分。時間は合ってるのに。すると、生徒の一人が教卓の前に立った。
「これから朝の会を始めます。起立」
急いで自分の机に戻った。六班の最後列、居なくてもあまり気づかれない。
「気をつけー、礼」
「「おはよーございます」」
疲れきったような声で朝の会が始まった。
そっと席に座る。日直が朝の会を淡々と進め始めたのを尻目にある事を考えた。
今日の山勢はいつもより何か変だ。周りの人からすればいつもと変わらないかもしれない。ただ、あの自信たっぷりの頷きには何かがあるはずだ。今日の放課後に分かる事だが、謎めいたことを言われると、答えがしりたいのと同時に苛立を感じてしまう。山勢と一緒に活動している、研究部の名は『機密捜査研究部』と言う。略して『密研』とも言われている。いかにも、山勢が好むような名前。部長はもちろん山勢輝之で、副部長はこの西乃優斗。部員は、同じ学年で山勢が勧誘した紅一点の近藤春香。主な活動内容はその名通り、自分の気になる事柄、政治的、軍事的、民間の中での出来事など、スケールの大きいものから小さいものまで『機密』の匂いが漂うものは徹底的に調べて、真実を追究するというものだった。よく『オカルト研究部』と言われるが、山勢はそれを嫌っている。確かに今まで調べてきた中でエイリアンや奇怪現象、現実的には不可能な科学技術などの要素が引っかかっていた。だが実際の事柄を調べてみると、建物の影が人に見えただけ、といった見間違いや聞き間違いばかりでSFチックな事は何一つとしてなかった。それでも、何らかの成果は時々ある。
そんな俺たちも、もう中学三年の夏を迎えようとしてる。活動も、三年になってから一気に少なくなり、月ごとの部活動反省会の時にしか顔を合わせなくなっていた。なのにいきなりどうしたんだろうか?
久しぶりに放課後に何かが起こるような気がした。
晴れたイタリアの空に一体のヘリコプターがホバリング(空中静止)していた。
カトゥッロ通り。ヴァチカン市国から西南の海沿いにあり、ホテルの立ち並ぶ通りである。
「今の招集者は、性格が曲がってるよな。なにも、童貞様の横でやらなくてもよ」
ヘリコプターの後部座席に座っている、男がサンドウィッチを食べながら隣の男にそう言った。
「今回の招集者は、慈悲深き方だ。無礼のないようにしろ。でないと、お前の所は削られるぞ」
男は窓の外を見ながら、サンドウィッチを頬張る男にそう言った。
一体、この集まりで何を決めるつもりなんだ? 欧州とアジアを集めるとはあまりにも斬新すぎる。
「出てきましたよ」
作品名:密研はいりませんか? 作家名:paranoid