HTMLちゃんとCSSくん
まるで俺を納得させようとしているような彼女の言葉に、俺はいさく頷く以外の選択肢を持っていなかった。こくりと頭を上下させれば、HTMLはうれしそうに笑った。その笑顔の所以が俺ではないことなんか、もう十分すぎるほど分かっている。
「HTMLちゃん!」
「あ、PerlちゃんとRubyちゃん! 今ね、そっち行くところだったの」
「そうなの? じゃあ一緒に行こうよ」
角をまがったところで、HTMLが先ほど「お茶を飲みに行く約束をしている」と言った二人に遭遇した。美人で有名な二卵性双子である二人は、HTMLの一番の友達だ。つまるところ、俺がHTMLと一緒に居られるのはここまでということになる。
「じゃあ、悪いけど、」
「わかってる。気をつけろよ」
ここまででいいよ、というHTMLの言葉を遮って、俺はくるりと彼女に背を向けた。HTMLは俺よりもひとつ年上なので、彼女と同い年である双子も同様に俺の先輩だ。もともと年上はあまり得意ではないので、俺は早々にその場から立ち去った。
三人の声が少しずつ遠くなる。背中で聞くガールズトークほど空しいものはないかもしれないと思いながらも、そう思うのはその内容に俺が含まれていないと分かっているからだ。すきな女の子が他の男について楽しく話すガールズトークなんて、少しも楽しくないに決まっている。
イチョウがふわりと俺の目の前に落ちてきて、思わずぴたりと足を止めた。足止めにもならない黄色い葉が、あるはずのない目で俺をじっと見ているような気がした。
(わかってる。……わかってるよ)
HTMLが誰のことをすきだとしても、俺がHTMLのために頑張ることに変わりはない。彼女をきれいにみせるためだけに俺は存在するのだから、その点で努力を惜しまないことは当然だ。その間柄に、すき同士でなければいけない理由なんかない。
そう頭では分かっている。――分かっているけど、それで心が納得することはない。
(お前を一番きれいにみせてやれるのは俺しかいない。そうだろ? ブラウザ科の連中のカメラがどんなに古くたって新しくたって複雑だって、俺がいれば、お前は常にきれいでいられるじゃないか。お前の外見だって、そもそものお前だって、一番きれいにみせてやれるのは俺なんだ。俺しかいないんだ)
舞い落ちるイチョウを踏みしめ、振り返る。そこに彼女の姿はない。
てのひらを握り締めたことで、指先が触れ合う音が聞こえたような気がした。きっとただの幻聴に過ぎないと、分かっていた。
「……俺には、お前しかいないのに」
呟いた言葉は、僅かに掠れていた。イチョウ並木から次々と落ちる黄色い葉が、あたりを優しく染め上げていた。
秋風が冷気を孕めば、冬がくる。イチョウが舞う秋の終わり、俺は、何色にも染まることのない彼女への思いにもいつか終わりが来ることを祈りながら、ゆっくりとその足で歩き始めた。
作品名:HTMLちゃんとCSSくん 作家名:みなみ