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第三音楽室の秘密

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01.茨木綾太の場合




「この教室って、汚いよなあ……誰か掃除しねえのかよ?」

 おそらくこの学校の全教室の中で、最も生徒が入りたがらない教室が、ここ『第三音楽室』だ。普通に考えたら、大抵の学校の音楽室は『第二』までなのだが、俺の学校ではなぜか第三まである。
 普段、授業で使うことはあまりないので、俺もこの学校に入って以来二、三回くらいしか入ったことはない。なぜ今俺がここにいるかというと、とある揉め事を起こしたため、その罰として第三音楽室の掃除を言い渡されたからだ。
「一人でここの教室掃除って、しんどい……」
 電気をつけただけでも埃が降ってくるほどなのだから、相当だと思う。俺のしでかしたことってそこまで酷くはなかったと思うんだけどなあ……。とりあえず、電灯を雑巾で拭くことにする。さすがにずっと埃を吸うのは体にも悪いからな。
 先生から渡されていたゴーグルとマスクを装着して、バケツに汲んでおいた水に雑巾をつける。さっきまで生温い空気にさらされていた手に、ひんやりした水が心地よい。思い切り絞ってから、濡れた手を適当にズボンで拭いた。試しに、電灯のカバーを一拭きしてみると、予想以上に埃がついてしまった。
「げえええ……」
 汚くなった雑巾を洗っては拭き、洗っては拭きという作業を何十回も繰り返して、ようやく電灯が綺麗になった――はいいものの、掃き掃除は全くしなかったので、この部屋全体に漂う埃っぽさは消えないままだった。次はやっぱり掃き掃除か、と溜息をつきつつ箒を取り出すために掃除箱を開けた。
 すると、そこに入っていたのは箒ではなく、変色した何十枚もの原稿用紙だった。

 どうしたらいいのかわからない俺は、その原稿用紙を読んでみることにした。

『今この遺書を読んでいるあなたは、どんな人なのでしょうか。私を殺した人たちでないことを祈るばかりですが、最初に、これだけは書いておきます。これを読んだあと、私のことを調べたりしないでください。誰かに尋ねたり、話したりすることもしないでほしいです。だって私は、人を殺してしまったから。――……』
 紙の変色具合からしても、軽く十年は経っていそうだ。俺は深く考えることもなく、この第三音楽室から出ようと、引き戸に手をかける。

「…っなななななっなんじゃこりゃあっ!」

 いつのまに鍵がかけられたのか、どんなに強く戸を引っ張ってもびくともしない。この戸は外開きだから、持っている鍵も役に立たないだろう。
「…………」
 絶体絶命とまではいかないにしても、こんな埃っぽい部屋に一人残されるのは困る。必死にドアを開ける方法を考えてみても、全然思いつかないし(というか、咄嗟にそんな名案が思い浮かぶはずもない)。手に持った紙の束を、読むわけでもなくパラパラと一枚一枚めくってみた。すると、一枚だけ尋常ではない量の血が、べっとりついている紙が出てきた。

 血がべっとりついた紙。それが意味するところは大体分かる。誰かが怪我をしたのか、もしくは――この血の量から考えて、死んだのか。
「冗談じゃねぇぇぇぇぇっ!」
 と言いつつも、なんとなく思う。今の状況から考えてみても、俺死にそうだ。今風に言ったら死亡フラグ立ちまくりである。大河ドラマのセリフで言ったら「後は頼んだぞ」、恋愛ドラマのセリフで言ったら「この手術が終わったら、結婚しような」だろう。いやいや待て、俺。冷静に考えろ。埃の量といい、紙の色あせ具合といい、十年以上ここに人が入っていないことは明白だ。ただ……これを書いた人が、人を殺したというのが本当ならば、第三音楽室がどうしてずっと放っておかれたのかもおのずとわかってくる。俺にどうしてここの掃除を任せたのかはよくわからないが、今、ここを『掃除させる』ことには何らかの意味があったのかもしれない。
 もし本当に殺人事件が起こっていたとして、どうしてこれを書いた人物は退学にならなかったのか。この『遺書』を読んだら、少しはわかるかもしれない。そう思って、あまり気は進まなかったが血のついた紙に書かれた字を目で追っていく。

『今この遺書を読んでいるあなたは、どんな人なのでしょうか。私を殺した人たちでないことを祈るばかりですが、最初に、これだけは書いておきます。これを読んだあと、私のことを調べたりしないでください。誰かに尋ねたり、話したりすることもしないでほしいです。だって私は、人を殺してしまったから。彼を殺したのは私。誰も信じてくれなくても、それが真実なのです。私はもう死にました。きっと彼女は私を許さないでしょう。だから、もう、私は、ここにいられません。彼女に恨まれたまま生きるなど、そのようなことはできませんから。彼も彼女も、私も、二度と第三音楽室で語らうことは赦されないのです――……』

 ちょっと待ってくれ。昼ドラもびっくりの、この重すぎる独白文書はなんなんだ。俺がしでかしたことは、確かに褒められたことではないが――それでも、こんな埃っぽい第三音楽室に無理やり閉じ込められるほどのことでもないと思う。そういえば、担任の湯下が始業式に言ってたっけ。「第三音楽室には危険なので入らないように」って。ということは、ここは意外と危険な場所ってことなのか。……いやいやいや、そしたら俺はリアルに死と向かい合わせってことじゃないか。勘弁してくれ。まだやってないこともたくさんあるし、死にたくはない。俺、どうしてこんな目にあわなきゃいけないんだよ。よくわからなくなって、床にごろんと寝転がってみた。
「はあ…………」
 長い溜息をついて、思う。天井ってどうして謎の染みみたいなもんがあんなにいっぱいあるんだろうな。誰か天井専属の掃除係とかなってくれよ。ああ、そういえばこの教室の上って、確か屋上だったっけ。誰も気づかないだろう、俺がこんな密室に閉じ込められて絶望していることなんて。ぐるぐるいろんな思考にとらわれていると、本格的に気が滅入ってきたので、独白文書のことについてもう一回考えてみることにした。

 まずこの文に出てくる人物は三人、『私』と『彼』と『彼女』だ。三人は吹奏楽部部員で、とても仲が良かった……ようだ。
 最初の文からわかるように、内容はまどろっこしくて重い。ただ、どうやら『私』は『彼』ではなく『彼女』が好きだったらしい。『彼』と『彼女』は付き合っていたのか、『私』の入り込む隙はなかったようだ。正直なところ、ありがちな恋愛話だと思った。そこで『彼』を殺したのは『彼女』が欲しかったからということなのだが、それでも『私』が救われることはなく、結局彼女は死を選ぶことにしたようだ。『私』が書いている学校の風景とか、先生の名前からすると十年くらい前にこの文章が書かれたことがわかる。

「……ん? 十年前、って……」

 何かがひっかかる。誰だったか忘れたけれど、十年前に何かあったとか言ってたような……? 殺人事件、とかだったら絶対忘れるはずはないんだけど。
 うんうんうなって考えていると、ドアの方からカタン、と音がした。もしかしたらさっきドアの鍵を閉めた奴かもしれないと思って、忍び足でドアへ向かう。ドアの狭い隙間から外をうかがうと、いかつい体格をした男がいた――いや、あれは――見なかったことにしよう。
作品名:第三音楽室の秘密 作家名:如月有樹