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深海ネット 後編

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 ミミが言う。ミミは、すごく女の子らしい発言をする。文字だけしか見ていないはずなのに、こんなに可愛らしさを感じるなんて、きっと実物は相当可愛らしい子なのだろうと想像してしまう。俺も一応ここでは女として通っているのだから、こんな風に発言した方が良いのだろうか。
「まだチャットに慣れてなくて、よくわからないですけどよろしく」
 とりあえず、この《社長》とうまく話をしようと思った。どうやら彼もここの固定メンバーらしい。新入りとしては、話を振るのが筋だろう。
「社長さんは本当の社長さんなのですか?」
 でもなかなか話のネタが思いつかず、結局こんな質問しかできなかった。
「あっはは。僕も前に同じ質問しちゃったよ」
「確かに二度目だな。その質問」
 やはりすでにされていた質問だったか。しくったな、と思う。
「あ、実はアタシも気になってたんだぁ」
 でも、このミミの言葉で少し救われた。フォローしてくれたような気がした。やはり、この子は気を遣えるいい子なのだろう。
「社長は、社長ではないらしいよ。でも、どこかの企業の会社員さんだって」
「そうなんですか。変なこと聞いてすみません」
 考えてみたら当たり前か。本当に社長なら、こんなことろで油売ってる暇など無いだろう。
「でも、どこの企業なのか教えてくれないんだ。ねっ、社長」
「俺のせいで、うちの企業のイメージが落ちたら困るからな」
「てことは、かなり有名なトコなんじゃ…スゴーイ!」
 有名企業か。俺が就職活動する頃になったら、いろいろ話聞かせてもらいたいものだ。それまで、ここでの関係が続くかどうかはわからない。ただ、続けばいいな、なんて思う。まだここに来て二日目なのに、そんなこと思っている自分が不思議だ。でもなんだか、話をすればするほど、みんなのことをもっと知りたくなってくるのだ。
「みなさん恋人はいるのですか?」
 ちょっと唐突すぎるかと思った。でも、単純にみんなの恋の話を聞いてみたいと思ったのだ。それに、きっと恋の話ってのは、どこでも盛り上がるはずだ。
「いるよ」
 社長は即答する。有名企業の社員なら、女を放っておかないのも当然だ。
「やっぱりねぇ!社長はそんな気がしてたんだぁ」
「確かミミもいるんだよな」
「うんっ。年上のね」
 やはり。ミミもいておかしくないだろう。こんな可愛らしい子が彼女だなんて、その年上の彼氏を羨ましく思う。
「わかばはどうなの?」
「私もいます」
 彼氏じゃなくて彼女だけどね、と心の中で言ってみる。
「なんだよー。いないのは僕だけか」
 いち太郎はいないのか。人当たりよさそうな感じするけどな。もしかしたら、「いい人」で終わってしまうタイプなのかもしれない。
 そんなことを考えていたら、携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。この着信音。由理からだ。
「私、そろそろ落ちます」
 由理からの電話で、急に現実に引き戻される気がした。こんな風にチャットをしてるなんてこと知られたら、きっと由理の逆鱗に触れるだろう。由理は、インターネットにはまる人々=オタクという偏見を根強く持っていて、そういう人たちを毛嫌いする傾向にある。
「あれれ、早いんだねぇ」
「明日、友達の結婚式なんです」
 適当な嘘だが、別にバレやしないだろう。
「そっか。なら早く寝なきゃね」
「おつかれさん」
「おつー」
「それでは」
 退室し、由理からの電話に出る。
「もしもし」
「出るの遅いよー。もう切ろうかと思ってたところだよ」
「ごめんごめん」
 そしてしばらく、俺は由理のバイトの愚痴話に付き合わされた。

          
 午前中の授業に出られなかった。起きたらとっくに正午過ぎ。枕元には、携帯が放り投げられてあった。そうだった。由理の愚痴は、深夜三時にまで及んだのだった。やっと由理が話し終えたところで俺も話を始めようと思ったら、眠いからと言われ、通話を切られたのだ。
 今日の残り一つの授業には出ようと、大学に顔を出した。
「遅かったね」
 教室に入ると、飄々とした顔で由理が近づいてきた。
「寝坊?」
「ああ、起きたら昼過ぎてた」
「やだもう、何度目の欠席なわけ。単位取れなくてもしらないからね。あの授業、出席厳しいんだから」
 お前のせいじゃないか、と口から出かかってなんとか抑えた。夜中まで散々愚痴に付き合わせておいてこの態度。こういうところは昔からだが、そろそろ我慢の限界に来ている。

「恋人が、ワガママなんです」
 その日の夜のチャットで、俺は打ち明けてみた。
「ワガママってどんな風に?」
「自分の意見を押し付けるんです」
 それだけじゃない。愚痴ろうと思えばいくらでも言葉が出てくる。でも文字にするのは面倒なので、とりあえずこれだけを伝えてみる。
「それは問題だねぇ。アタシなら我慢できないよぉ。わかばちゃん可哀相だなぁ」
 ミミが言う。この子の発言には、やはり癒しを感じる。
「わかばちゃんみたいな子に、そんなワガママ野郎は勿体無いよ!」
「自分の意見の押し付けか……」
「おっ。社長、何か言いたそうだね」
「わかばの彼氏は、同級生なのか?」
 ああ、そっか。俺はここでは女なんだから、恋人といったら彼氏となるのか。
「はい。大学の同級生なんです」
「それなら、ワガママになっても当然かもしれないな」
「えっ、そうなんですか」
「立場が対等だから、仕方ないよ。それに、意見を言ってくれるってのは、信頼関係ができてるってことじゃないか」
 ううむ、そういうことなのか。俺と由理の間に信頼関係。そんなこと、考えたことも無かった。
「なるほど!さすが社長だね。言うことが大人だよ」
「信頼関係ですか」
「そう」
 社長は断言する。大人の社会人なだけに、経験がものを言うのだろうか。
「わかばちゃんはさぁ、その彼氏さんに言いたいこと言えるのぉ?」
 ミミに訊かれた。言いたいこと。俺は由理に自分の意見を言ったことなどあっただろうか。いくら考えても、思い当たるような出来事は無い。
「いえ、なかなか」
「言いたいこと言えないってことは、わかばが相手に完全な信頼を置いてないってことなのかもしれないぞ」
 図星だった。きっとこんなこと言っても、どうせ跳ね返されるだけだ。聞き入れてくれないはずだ。俺は由理に対してそんなことばかり思っているような気がする。
「社長さんの言うこと、一理あるかもしれません」
「だろ?」
「やっぱ、わかばちゃんも彼氏さんのこと信頼してもっと思ってることぶつけちゃえばいいんだよぉ」
 そうか。俺自身が、由理に対して積極的になっていなかったのかもしれない。
「そうですね、ちょっとそうしてみます」
「ガンバ!もしまた何かあったらアタシ達が聞くからねぇ」
 ミミの応援が心に響く。こういう子が彼女だったなら、という思いが一瞬過ぎり、あわてて頭からかき消す。
「ありがとうございます」
「いやー、やっぱこういう相談ネタは社長がいつも解決してくれるなあ」
 問題が解決に向かうことより、日頃抱えている悩みを打ち明けられる場所ができたことが俺にとっては大きかった。
作品名:深海ネット 後編 作家名:さり