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牡丹に蝶々

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長い長い旅だった。
我が愛する国は皇族の後継者争いに荒れ、民は飢え、盗みや殺しが増えた。
耕す人が激減したため綺麗な土壌は失われ、生活の中心である農耕ができなくなった。
私は唯一の家族である妹を亡くしてから、国を出ることを決心した。
運の悪いことに、始めの国で私は追い剥ぎに身ぐるみ剥がされた。私の国では貧乏と言ってもかの国では中流層の買えるものが買えるくらいの余裕があるらしい。
裸で雨に濡れていた私に衣を一枚くれたのは、明日食うものにも困っている若い夫婦だ。
私はきっちり一年彼らの畑を耕してからその国を出た。
次の国では一人の少女に出会った。
彼女は貿易商で儲けた成り上がり貴族の一人娘で、元は貧乏だったため今の暮らしに慣れないという。
旅をしていると教えると、何もかも捨てついてくると言って聞かなかった。
私は船着き場で船の番をしていた少年が彼女の幼なじみで、また、彼女に恋をしていることを知り、どうにかしてくれと頼み込んだ。
翌日少年は、国を出ようとする私にすがりついていた少女の頬をひっぱたき、一人前に父親の跡を継いでから大きなことを言え、と説教した。
少女は泣きながらあんたこそもっと偉くなりなさい、と喚き家に帰った。
そうして私がその国を出た十年後、国の援助でアカデミアを出た少年と父親の跡を継ぎ女商人となった少女が結婚したと、今も二人と交わす手紙で知った。
次の国で私は重い病気を患った。最初はただの風邪だと思っていたのだがそのうち体が言うことを聞かなくなった。
街中で倒れた私を介抱したのは、幸運なことに金と良い評判はないがかなり腕の良い、薬師を目指す青年だった。
彼の元で半年静養した私はすっかり元気になった。着の身着のままの生活だったので彼に払えるお金を持っていなかった私は、しばらく彼の助手として勤めた。
恥ずかしがり屋の彼と違い行動的と自負する私は彼の代わりに街へ出て宣伝をした。すぐに老いた妻を助けてくれと一人の裕福そうな年老いた男が駆け込んできた。
私と青年は男の家に行って痛み止めの薬を飲ませたが、妻は天が決めた計りより長く生き過ぎたらしい。手遅れなのは誰の目にも明らかだった。
だがそれまで朝夜苦しそうに唸っていた老婆は、痛み止めを飲むとすぐに唸るのをやめた。
召される直前、穏やかな笑顔になった老婆は夫への愛と青年への感謝を述べると眠るようにして逝った。
夫は妻の死にむせび泣いたが、また、青年にひたすらお礼を言った。
男はその土地の領主だった。たちまち噂は広まり青年はあっという間に大金持ちになった。
青年が私に賃金を払うと言ったことをきっかけにして、私はその国を出た。
次の国は戦争中だった。
私はお金を稼ぐために軍隊に入った。祖国でも軍隊に入っていた。革新的な第二殿下の軍だ。
だがその時は違った。相手は隣の国だった。
隣の国は異教で怪しげな術を使うという。対抗手段として機械仕掛けの車や火薬を詰めた銃の訓練を受けた。
医術や薬草術に詳しいことを告げるとしばし任務につくことは延ばされたが、大規模なぶつかり合いがあってすぐに兵として派遣された。
私は何の感慨もなく隣の国の民を殺した。
訓練されたことと同じことをすれば良いだけだ。ただその繰り返しだ。
その国と隣接している隣の国のある村を、中継点として制圧した。
若い男たちはすべて殺し、美しい女は慰み者にした。だが村人たちは命だけは、と食糧を差し出し女を差し出した。
私は小さな違和感を感じた。
次の村へ行けと命令が届いた晩、次の朝に出立する準備をしていた私たちに、いきなり村人たちが襲いかかった。
ノロワレロ!コレイジョウワタシタチノクニヲアラサセナイ!
木々は怒り風は鳴り雨が吹き荒れた。兵の足に炎が絡み腕は雷に焼かれた。
これが隣の国の本当の力だった。
私の右目を土の刃が抉った。
老人が叫ぶ。
こいつは私のかわいい孫を殺した!
私は祖国で殺した最初の人間を思い出した。
彼は死に際に妻か娘か母の名を呼んだ。
彼にも家族はいたのだ。彼の死を悼む家族が。
そして次に思い浮かべたのは、保守第一殿下派の兵に殺された私の妹。蝶のように美しい薄着をまとった姿で崖から投げ出された哀れな姿。
あの時私はもうこんな思いは嫌だと思ったはずなのに!いったい私は何をした!
娘が叫ぶ。
こいつは私の良い人を…来月結婚する予定だったのに!
そしてこれまで出会った愛しい人々を思い出す。
何が違う?私が殺した人々と私が出会った人々と。何故私は彼らを殺してしまった?ただ敵だと言うだけで殺してしまった、おお。
私は殺されねばならぬ。それも一番惨いやり方で。目を抉り腕と足をもぎ取り。一度で終わるとは思っていけない。私は許されるまで何度も殺されねばならぬ。殺した分だけ殺されねばならぬ。
だが次の瞬間村は阿鼻叫喚でいっぱいになった。
応援が来たのだ。恐ろしい機械が村中を焼き尽くした。
目の前が真っ白になり、村にいた人々は敵味方関係なく死に絶えた。
たった一人を除き。
気が付けば私はどこかの王宮の牢に繋がれていた。
何日か拘留された後裁判をすると言って牢から解放された。私は抵抗した。
殺せ、殺してくれ!
「自棄になってはならぬ」
一番高みに作られた壇上に一人の男がいる。まだ若い。
「肌の色が違うな。東の国から出稼ぎに来たのか?」
極東の国から。家族はいない。
「極東?我々が知る限り初めての極東からの客だな!我が国は西にどこまでも広い海を持っているのだ。つまりは極西に在る」
その時初めて、私は世界を横断したのだと知った。
「そなたの国は美しいか?」
その質問に私はがばりと兵に押さえられていた上半身を持ち上げた。
美しい!国はどこでも美しい!そして美しい国にいる人も美しい!だが逆にダメな人間が国をダメにする!私もその一人なのだ!私はこのままではこの国を滅ぼしてしまう!だから早く殺してくれ!
男はそれを聞いて声をあげて笑った。
「異邦人よ、東の国から来た者よ。人がいなければ国はないのだ。美しい人が国を美しくするならば、そなたのいる国はたいそう美しいのだろう。なあ心の美しき者よ、真実を瞳に宿す者よ。私の国で私の国を美しくしてはくれぬか」
私はそれまでの卑下も忘れてただ彼を見上げた。
彼は魔法の国の王だった。何よりも理解者を必要としていた。それを知るのはずっと後だが──
私は罪を犯しました。許してと叫ぶ民を殺しました。
「ならば一生その罪悪感を背負って生きるが良い。辛いだろう。苦しいだろう。私と同じだ。私も兵に隣国の兵を傷付けよと命じた。罪悪感は消えぬ。本当は平 和的解決を望んでいるはずなのに民を守るためと言って多くを犠牲にしてしまった。私は私が殺してしまった味方も敵も一緒に葬り、毎朝祈り謝罪することので きる墓を作りたいのだ。そして二度とこんなことを繰り返してはいけないと息子に娘に教えなければならない。最期はこの国を守って死ぬために。そのために生 きねばならぬのだ」
苦しそうな嗚咽が彼の喉元から漏れた。
彼もまた、罪を犯したのだ。
男が告白をする様は子どもが泣きながら言い訳をするように切なく、私はその姿に魅入られた。
私は兵に腕を取り上げられた滑稽な格好のまま額を冷たい床に擦り付ける。
作品名:牡丹に蝶々 作家名:ゆきやす