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シテン

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 僕が話しかけると、その子はあからさまに眉を寄せて、怪訝な顔をした。
「あの……こんにちは。初めまして。えっと――僕、二年の村木って言います」ここからが本番。あまり大袈裟に見えないように深呼吸をして、続ける。「あの、好きな人いますか? あなたに、一目ぼれしました。よかったら、あの、僕と付き合ってください。……っていっても、お互いよく知らないから、僕の事を知ってください……で、相沢さんの事を教えてください」
 ありったけの勇気を振り絞って告白した。声は震えていなかっただろうか? 最初の一声が裏返ってしまった気もするが、もう後の祭りだ。彼女に僕の心拍音が聞こえてしまいそうで、このまま逃げ出したくなった。そんな衝動を拳に力を入れて握る事で回避し、彼女の顔を正面から見据える。

「――――なぜ?」
 彼女は本当に意味が分からないという風に、頭を右に少し傾げて訊いてきた。そんな返事がくるとは予想だにしていなかった僕は、吉本新喜劇さながらにズッコケそうになった。

 「なぜ?」ときたか――――何について「なぜ?」なんだろう。
 「なぜ?」って何だ?
「うーんと。それは、あの――僕は振られたって事でいいのかな?」
「あっ、いえ……そんなつもりはなかったんですけど。何というか――全く知らない相手の事を、顔だけ見て好きになるってどんな感じなんでしょう? ごめんなさい。興味があるのは、私の外見だけって事ですよね?」
 授業で解らなかった箇所を先生に訊いているような話し方。突き放されている感じはしないが、僕からの告白に対してのときめきや恥じらいみたいなものは、全くないらしい。不信感や嫌悪感を抱かれるより、こうやって事務的に素直に疑問だけをぶつけてこられると、告白した事が遠い過去の出来事になってしまったようだった。なんだか、拍子抜け……だな。
「そう言われると、身も蓋もない。うん、まさにその通りだね……外見で君に惹かれた。だから、知りたいと思った。言葉を交わす前にその人に興味を持つかどうかって、やっぱり外見だと思うんだよね。で、どう話すきっかけを掴むかとか、こっちの事をどうやって知ってもらうかって考えて――――告白してみました。健全な男子高校生の、率直な反応だと思う……けど」
 なんだか大声で笑いたくなってきた。手に汗にぎって、直立不動で告白した数分前。今は変な力が抜けて、話しやすい雰囲気になった事には感謝していた。が、まさかこんなことを語る羽目になろうとは、考えてもいなかった。微塵も、だ。
「率直な反応……か」と、彼女が自身に確認するように呟く。
「そんなつもりはないって事は、僕のことを少しは知ってみてもいいてことですか?」
 話しかける前より、いっそう彼女への興味が膨らんでいくのが分かった。この子は、本当に面白い。告白している時は、湯気がたちそうなほど真っ赤だった僕の顔の熱が、完全に引いているのは確実だった。だから、突っ込んでこう訊くことにも躊躇いは持たなかった。そして彼女も、NOとは言わない気がした。
「具体的には何をするんでしょう?」
 ほら、やっぱり。
「具体的に、か――んん……何だろう。一緒に帰ったり、休みの日にどこかへ出かけたり、かな。実は僕も初めてで――――」
と、照れ笑いしながら頭を掻く。
 たぶん彼女は、僕自身に興味があるわけではなく、外見から人に興味を覚えて付き合って欲しいといった僕に、というか僕が‘一目ぼれ’した事に興味を持ってくれた。そして、それが彼女の気持ちをどう変えていくか、恋愛感情になるのか友情で止まるのか、はたまた嫌気がさして僕の前から去っていくのか……そんなことの方に興味を持ってくれた気がする。好奇心や探究心が彼女を動かした。まるで新しい研究材料を手に入れた学者だな。
 面白い。僕は彼女に完全にやられた。初々しい心ときめく初デート、にはならないかもしれないが、やっぱり僕は彼女‘相沢さん’が好きなんだ。


作品名:シテン 作家名:珈琲喫茶