変色
お化けモミジの下にたどり着くと葉は既に数枚しか残っていず、幹には数ヶ月前に俺が傷つけた傷がなまなましく残っている。辺りはしんと静まり返り俺とモミジ以外には何も無いように思わせた。
俺はどう切り出せばいいのか分からずしばらくモミジを見つめた。まだこいつはただの木だという思いが強い。だがとりあえずは確かめなければならないことがある。
「俺の肌が変色したのはお前のせいか?」
返答の代わりにお化けモミジの葉が一枚ひらりと落ちる。その瞬間背筋をぞくりとしたものが通った。いまので確信した。すべての原因はこのモミジだ。そしてお化けモミジの葉がすべて落ちれば俺は死ぬ。
「すまない。お前を傷つけたことは謝る」
葉が一枚落ちる。
「本当に悪かった。後悔してる」
さらに一枚落ちる
「謝っているんだから許してくれてもいいだろう?」
二枚落ちる。
「分かった。何が望みだ? 俺にどうしろっていうんだ」
三枚落ちる。
「俺に死ねってのか」
一気に数枚落ちる。
まずい。もう葉は指で数えられるほどしか残っていない。相手は木だからとプライドが許さなかったが背に腹は変えられない。
「心から謝る。なんだったらこの後警察に出頭する」
葉が落ちない。
「それで罪を償った後は毎日お前のところに行って掃除をしよう。誰もそこまでする奴はいなかったろ」
肌の赤みが少しずつ引いていく。しめた。このまま行けば何とか助かるかもしれない。
「お前……いや、あなたの体にびっしり付いてるコケも落とします。もちろん体を傷つけないように細心の注意を払いながらです。さぞ気持ち良いことでしょう」
肌が黄色に戻る。
「あなたにいたずらする悪ガキがいたら蹴散らしてあげます。私が生きている限りもう二度とあなたの体を傷つけさせません」
肌が部分的に肌色になる。よし。あともう一押しだ。
「ついでに私が今まで傷つけてきた木の掃除もします」
そういった瞬間空気が一気に張り詰めた。そして自分の肌を見ると黄色、赤と色が逆戻りし、ついには手が枯葉色になっていた。
何故だ? 何も機嫌を損ねるようなことは言ってないはずなのに。その時俺は気付いた。このモミジは俺が他の木を傷つけていたことを知らなかったのだ。そうこうするうちにも葉はばらばらと落ちてゆく。
「ああ、待ってくれ、待ってくれ! そんなんじゃないんだ。別に悪気は無かったんだ。つい出来心でやっただけなんだ! 信じてくれ! 今まで俺がやったことは謝るから。一生かけても償うから。だから殺さないでくれ! 頼む。お願いだ! 俺は木に意思があるなんて思わなかったんだ。だからあんなひどいことをやってしまった。物と同じだと思ってたんだ。でも俺に限らずみんなそんなもんじゃないか。それなのに俺をこんな目にしやがって。ふざけんな! ああ! いやいや今のは本心じゃないんです。ですので許してください許してください許してください許してくださ……」
必死の抵抗空しく最後の一枚が落ちた瞬間、俺の体から一気に力が抜け目の前が真っ暗になった。最後に見たお化けモミジの姿は暗闇に無骨な枝を伸ばし、まさにお化けのような姿だった。