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放課後の住人

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学園祭が近づいているせいか校内が騒がしい。
まだかろうじて準備に追われる人波に浸食されていない屋上で、田辺は座り込んでぼんやりと喧騒を聞いていた。
明日になれば、ここにも切羽詰った人波が準備の場所を求めて押し寄せて来るかもしれない。いや、この喧騒の中でまだ屋上に押し寄せて来ていない方がおかしいのだが。
「結木のせいかな」
いやまさか、いくら生徒会長でも田辺の休憩所を確保するためだけに屋上を使用禁止にしたりはしないだろう。
馬鹿なことを考えたと、田辺は小さく笑った。
「田辺ーッ」
聞きなれない声が屋上の入り口から田辺を呼んだ。何事かと視線を向けると、ひょろ長い長身の同級生が楽しそうに手を振りながら歩み寄って来る。
そのままストンと隣に座られ、田辺は苦笑した。
「陸上部のエースがなに逃げて来てるんだ」
「もう引退したって。部活ないと暇でさ」
でもクラスの準備からは逃げて来たのだろう。ほい、と温かい肉まんを渡され、ノリで田辺は受け取ってしまった。半分にされた切り口から温かそうな湯気が立ち上っている。
「暇なら帰ればいいだろ」
矢部らしい気づかいに笑いながら憎まれ口を叩く。温かそうな肉まんを見たらお腹が空いているような気がして口をつけた。
「なんだよ。俺がいちゃダメなのか」
ダメとか、そんな子どもみたいな物言いが矢部らしくて笑いがこらえられない。
同じクラスでもほとんど話したことはないが、いつも校庭のトラックを一番に駆け抜ける同級生のことは嫌いではなかった。
よく知ってもいる。
「図書室にでも行けばいいだろ」
藤堂の恋人だ。
「俺が行くと邪魔しちゃうからさ」
この喧騒は図書室にも届いているはずだが、藤堂は相変わらず素知らぬ顔をしているのだろうか。
人に隔意を抱かせる硬質な横顔をぼんやりと思い出した。
矢部といる時だけ、あの綺麗な横顔は柔らかく笑う。
「喜ぶんじゃないか」
それに。この時間に矢部が迎えに行けば藤堂は結木に合わずに済むだろう。
「田辺は菊ちゃんのこと好きなの?」
「・・・は?」
変なことを聞いた。
「こっからよく見えるね、図書室」
なんだ、とため息を吐く。
「お前らのバカっぷるぶりもよく知ってるよ」
「うん。俺も知ってる。菊ちゃんも結木も、ここに田辺が居るの確かめてるよね。二人を安心させるために、一人でここにいるの?」
矢部の目に悪意はなかった。子どもみたいな目が不思議そうに田辺を見ている。
「馬鹿くせぇ」
矢部の疑問を一蹴した田辺は、否定をしなかった。


(つづく。ちょっとずつ書いていきます)
作品名:放課後の住人 作家名:みと