魔術師 浅野俊介7
第7章 蛇の悪魔
(今度は…ドラマってか。)
浅野は圭一のドラマ撮影に、マネージャーと称してついて来ていた。
圭一の役は不良役で「First」のパートナーの雄一が優等生役だという。
ドラマの内容は、圭一が演じる不良「巽」と雄一が演じる優等生「乾(いぬい)」が、お互い反発しながら、また協力しながら学園で起こる事件を解決していくという内容だった。
またこの「巽」には、水戸黄門さま並みの見せ場があるという。
今日はその収録だと言うので、圭一の父明良に許可を得て、同行させてもらったのだ。
(水戸黄門様並みの見せ場ってなんだろう??…印籠の代わりに警察バッジをだすとか?あ…あれはスケバン刑事だったか…。)
と、浅野がノスタルジーに浸っていると、学ランを着て髪をぴしっとまとめた「巽」役の圭一が、挨拶をしながらスタジオに姿を現した。
(かぁっこいいいいいい!!)
浅野が女の子なら「きゃーっ!圭一くーん!」というところだろうか。
圭一が浅野を見つけて、手を振ってくれた。
浅野はあわてて顔を引き締めて、手を振り返した。
(後で写真一緒に撮ってもらおう。まじで。)
浅野はこっそりガッツポーズをした。
圭一は長い棒を持っていた。
ライトが煌々と光る下で、監督に何かを指示され、うなずいている。
監督の持っている台本を確認し、圭一がうなずくと監督が離れた。
「巽!軽く回して!」
監督がそう言うと、圭一は棒を片手でくるくると回し始めた。最初はドラムのスティックのように、軽々と指先で回していたが、そのうちに手で掴むと、右に左にヌンチャクを回すように振りまわし始めた。
「!!…」
浅野は息を呑んで見ていた。
圭一は、棒をひゅんひゅんと言わせながら回して、何かを監督に言った。
監督が耳に手を当てて、もう1回言ってくれと言った。
「今回は折らないんでしたよね!?」
圭一が言った。
「ああ、折らないよ!」
監督の返事に、圭一がうなずいた。
(折るって…あの棒を折るのか?)
浅野はぞっとした。
「よし!巽行くか!…不良役とリハ行こう!」
「はい!よろしくお願いします!」
監督の言葉に、圭一は棒を止めて頭を下げた。
不良役達が出て来て、圭一に頭を下げた。圭一も頭を下げている。
(不良役も丁寧だな…って、役者だから当たり前か…)
浅野はもはや現実と混乱している。圭一が本当に「巽」という不良に見えてきたのである。
助監督が手を上げた。
「リハ行きまーす!…よーい…アクション!」
圭一が、棒を肩に担ぐようにして立って言った。
「おまえらか。乾、連れてったん…。帰してや。」
(おおお…大阪弁…)
浅野はどきどきしながら見ている。
不良役の1人が圭一の前に進んで行った。
「大阪の奴が、調子に乗ってもらったら困るな。ただで返すわけないだろ?」
「ほな、なんや?なんか出せってか。」
「…なんかってわかってるな。」
「わからんなぁ?」
「ふざけるな!…お前がヤク全部隠したんだろ!?…あれがなかったら、俺ら殺されてしまうんだぞ!」
「もう遅いわ。」
「!?なんやと!?」
「…警察や。」
「…うそや…」
「うそついてどないすんねん。」
「…こうなったら…力ずくでも隠し場所言ってもらう…おい!やれ!!」
そう言って、1人が体を引くと、不良役達が圭一…じゃない「巽」に襲いかかろうとした。だが圭一は持っている棒を大きく振りまわし、けん制した。
不良達があわてて、飛びずさる。
圭一…じゃない「巽」はにやりと笑うと、棒を指でくるくると回しだした。そのうちに手で掴んで回し始め、ヌンチャクのように右左と回し始めた。
不良達は、ひゅんひゅんと音を立てて回る棒の勢いに恐怖を感じ近寄れない。
巽が棒を止め、両手で掴んだところで、不良役達が襲いかかった。
棒で応戦する圭一…じゃない!「巽」。立ち回りの動きが早い。よく間違って叩かないものだと浅野は思った。
(誰か1人でもリズムが崩れたら…大けがになるな…)
それほど、スタジオは緊迫していた。
巽が1人、2人と不良役を倒し、最後のリーダー格の不良が逃げ出した。
「こら、待て!」
巽が呼びとめた。リーダーが背を向けたまま立ち止る。
「黙って逃げられたら困るなぁ…乾どうしたんや?」
巽はそう静かに言った後「乾どこおるんや!!」と怒鳴った。
(…こわい…ほんとにこれ…あのにこにこの圭一君???)
浅野は訳がわからなくなっている。
「…俺も知らないんです…兄さん達が…どっか連れて行ってしまって…」
「なんやて?…その兄さん達ってのはどこにおるんや!!」
巽が棒を投げ捨てて、リーダーを自分の方に向かせて、胸ぐらを掴んだ。
「はーーーい、カット―――!!」
(これ…リハ?…もう本番でいいじゃない?)
浅野はそう思った。
圭一と不良役がほっとした顔を見合わせた。圭一が手を離して、不良役に頭を下げた。不良役も頭を下げ返している。
「じゃぁ、本番行きましょうか!」
(…やっぱりやるんだ…)
浅野は見ているだけで疲れていた。自分なら音を上げていそうだ。
圭一が棒を拾った。
その時…棒が勝手に「パンっ!!」という音と共に折れた。
浅野は驚いて周囲を見渡した。悪魔の類は見えない。
圭一は驚いて手を振っている。
見ていたスタッフがびっくりして、勝手に割れた棒を見た。
「!!…どうした!?…どうして割れた!?」
監督が言った。誰もどまどったように顔を見合わせて、わからないというように首を振っている。
「…ひびが入っていたわけないよね…。それなら振りまわしている最中にとっくに割れてるし…」
助監督が言った。
「とにかくスペアの棒、持ってこい!」
監督の言葉にスタッフの1人が「はい!」と返事をして、スタジオを出て行った。
「巽、待ってね。」
監督の言葉に圭一がうなずいた。少し不安そうにしている。
浅野が今のうちにと、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを持って、圭一に駆け寄った。
「…一口飲むかい?」
「あ、すいません。浅野さん…」
「びっくりしたね。」
「…ええ…浅野さん、何か感じませんか?」
「いや…それが何も…」
「ならいいんですが…」
「圭一君は感じるの?」
「あ、いや、そうじゃないんです。偶然ですよね。」
「そうだと思うけどね…。ちょっと気を研ぎ澄ませておくよ。」
「はい。すいません。」
圭一がそう言って、ミネラルウォーターを一口飲むと、蓋を閉じて、浅野に渡した。
「がんばってね。」
浅野がそう言うと、圭一が微笑んだ。
(良かった…やっぱり、いつもの圭一君だ。)
そう思い、浅野はその場を離れた。
そして、人差し指を額にかざし、念を入れた。
何もいないようである…。もっと言うなら、リュミエルの姿も見えない。
(おかしいような、おかしくないような…)
浅野は思った。
「では本番行きまーす!」
助監督がそう言った時、とたんにライトがすべて消えた。
「!!」
全員が息を呑んだ。だが非常口のランプが光ったままなので、真っ暗ではなかった。
停電には違いなかった。
「なんだ?…タイミングが良すぎるなぁ…」