視野の重なり
彼女はそう言って窓の外を指した。俺は気詰まりを感じて振り返った。外で、人々は濡れた傘を振り回しなから飽き果てたような調子で早足に歩いている。福音を待ち続ける女はそんな俺を哀れむような目つきで見つめている。
「あ、それじゃあ私、仕事があるから……、」
二枚の伝票を掴んで「ヨウコ」は立ち上がった。
「ああ」
俺はそんなことにも気付かずに目の前の何もない空間を見つめていた。「ヨウコ」はきっと俺に二度と会うこともないだろうとでもいうように、振り返らずにそのままレジの方に向かって早足で歩いて行った。
取り残された俺もまた窓の外の雨垂れを見つめながらもう二度と何も見ることのない眼の中に、なぜ月が見えていないのかそれを少しばかり不思議に思いながら席を立った。
了