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確率二十パーセントのモノクローム

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「……な、んで、俺の大学知ってるんだよ」
 声に戸惑いが混じる。しかし、男は大したことでもないと言いたげな口ぶりで「生徒手帳を見たんだよ」と答えた。情報源が思ったよりまともなことに安心したが、その言葉で俺の荷物が男のもとにあると分かり、俺は男に聞こえないように小さく舌を打った。
「さて、俺はあんたの名前を知っているが、あえてあんたを名前で呼ぶことはしないでおこう。俺も名乗らない。俺とあんたの関係は、その程度のものだ」
「……なにが言いたいんだ」
 男はなおもにやにや笑いを続けている。俺は、背中を壁にぴたりとつけたまま、喉を小さく鳴らした。焦燥に近いなにかが体の中で渦巻いている。生徒手帳を見られたのなら、名前を知られていても不思議はないが、わざわざ「名前を呼ばない」と俺に伝える意味が分からない。相手の真意が理解できないという状況が、これほどの焦りを生むものだなんて、今まで考えたこともなかった。
 男は、まっすぐに俺を見ていた。
「ゲームを始めよう」
 そう言って、男はゆっくりと左手を持ち上げた。俺は思わずびくりと体を震わせたが、その手はこぶしを作るわけでもなく、ぴんと張った人差し指である一点を指した。
 その指先に誘導されるかのように、ゆっくりと視線を左へ向ける。にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべる男が指差した先、そして俺の視線が向けられた、その場所には。
「あんた、これが何か分かるかい」
 そこにあったものは、――プラスチックで出来た、黒い箱。
「……知らない」
 この部屋の中をぐるりと見回した時から、これはいったいなんだろう、と思っていた。コンクリートで出来た部屋にはあまりにも不似合いな、てかてかと光るプラスチック材質で出来たそれは、部屋の壁にその身を寄せて静かに存在を主張している。
 どう見ても「プラスチックで出来た箱」としか答えようがないそれを、しかし男はこれからが本題だとも言いたげな表情を浮かべながら指差していた。
 いい予感なんか、少しもしなかった。
「知らないか。そうだろうなぁ。じゃあ、教えてやらないといけないなぁ」
 男の濁った目がゆるやかに弧を描く。反吐が出そうになるのを堪えながら、俺は、男の言葉を一言一句聞き逃さないよう、じっと目の前の男を睨みつけていた。
「コンポジション4、組成はRDX、セバシン酸ジオクチル、ポリイソブチレン、界面活性剤、爆発物マーカー。密度は1.59グラム毎立法センチメートルだったかな」
 しかし、突如男の口から飛び出てきた言葉の群れに、俺は――とりあえず、
「……え、……なに?」
 訝しげな表情と共に、理解度ゼロを隠すことなく、それを示す言葉を返した。
 聞いたことのない単語ばかりだ、ということは分かったが、それ以外は何ひとつとして分からなかった。化学の教科書に羅列してありそうな単語がいくつかあったようだが、むしろ、――ものすごく物騒な言葉が聞こえた、ような気がした。
 俺の「わかりません」発言にも関わらず、男は不快な笑みを取り下げようとはしなかった。きっと俺が理解できないことなど最初から分かっていたに違いない。むしろ先ほどよりも楽しそうな顔の男に本気で苛立ちを覚えながら、俺は「何が言いたいんだ」と若干強めに問いかけた。
 物騒な言葉。もし俺の聞き違えでなければ、こいつは今、――爆発物がどうこうって言わなかったか?
「そうだな、じゃあ、あんたにも一発で分かる言い方で教えてあげようか」
 鼓動が速まる。体内で痛いほどに鳴り響くそれは、今にも体を突き破って外に出てきてしまいそうだった。
 どうか聞き間違いでありますようにと心の底から願うなんて、生まれて初めての経験だった。
「これは、爆弾だ」
 男は、なおもにやにやと笑っていた。それはもう楽しそうな表情を浮かべながら、目の前に立っている俺の顔を見ていた。
 男の言葉は、俺を絶句させるには、あまりにも十分すぎるものだった。