小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

笑う猫の口

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
まだ子供であった頃は、猫は歯牙にも掛けぬ存在と認めていた。そうであるので、私の生家の辺りには野良猫が多く棲みついていたらしいがどうにも見かけた覚えがない。
また大人になると見聞というものが広がるもので、猫が巷では重宝され、可愛がられている事を知った。猫の存在を気に掛けだしたのはこの頃である。
しかし、自立心旺盛に育ったこの頃の私にとって、猫はどうにも軟派に見えた。野良猫など、その勝手気儘が嫌であったし、家猫の媚び諂う様も見ていてどうにも気分が悪かった。
畜生であっても差別はいけないと思い立ち、どうにか好く捉えようとした事もあるが、三日と持たずに折れた。
そんな自分が露わになるのも嫌なモノで、今では猫を視界に入れないように努力している。
そんな私の家に、野良猫が居を構えていたのは少し前の事である。

 二十余になりそれまで親の脛を齧っていた私だが、安い給料から工面してアパートを借る事になった。会社から出る住宅手当も少なかったので、築30年の木造の襤褸屋の一階だ。襤褸である事に眼を瞑れば、間取りも2Dkで狭いながらもベランダ付きと、住み心地は悪くない。
しかし、前以て調べない自分が悪いのだが、この辺りは野良猫の蔓延る無法地帯であるらしかった。しかもこの野良猫達はかなり傲慢で通っているらしい。隙があろうものなら家の中に忍び込み、居座ろうとするらしい。子猫を人間の家の前に置き去る猫までいるらしく、全く以て傍若無人だ。
 私も引越した当初は、隙だらけだったのだろう、よくやられた。これには非常に参った。仕事で絞られ這々の体で玄関を開けた途端、どこに隠れていたのやら猫がぬるりと入ってくる。実に鮮やかな手並みと感心するところもあったが、私は猫が嫌いである。視界に入れる事さえ嫌である。その度、むんずと猫を捕まえては外に放り出すという争いが、何週間か続いた。
 その後は、猫達も我が城は落とせないと諦めたらしく、夜中ににゃあにゃあと五月蠅いながらも平穏な生活が訪れていた。
 さて話を戻すが、一匹の野良がベランダに倒れていたのを発見した。三毛猫で、かなり痩せ細っている。寝ているわけではないらしく、小突いても持ち上げても殆ど反応が無かった。鳴きもせず、虚ろな眼を私へと向けるばかりだ。
 今鑑みれば随分と非情であったが、この時私は酷く迷惑していた。このまま死んだとしてどこに捨てようか、など考えていたのだ。
そんな時だ。「君、後生だから飯をくれないか」どこからともなく声が聴こえた。男か女の判別が付かない、なんとも中途半端な声だ。
幻聴か、とも思ったがどうにも違うようであった。「頼むから」と再び弱弱しい声が聴こえたのは、私が引っ掴んでいた猫の口である。
「うわぁ、気色悪い」思わず猫を放り投げた。みぎゃっと言ったような声を上げて猫は落ちたが「君は心無い人間だな」と再び人間の言葉を喋り出す。
私はとんと狼狽してしまい、どうすればその口が閉じるのか聞いてしまった。猫は何でも良いので食わせてくれと言って、その通り飯を食うと去った。
これがいけなかった。次の日から、夜になるとその猫が私の家にお喋りに来だしたのだ。

 この猫を見てからというもの、とうとう激務で私の気が触れたか、と眩暈を覚えるばかりだ。しかも悪いことに、猫に過敏になってしまった。道を歩けばどこにも猫がおり、その度その口から人間の言葉が吐かれやしないかどぎまぎしてしまう毎日だ。精神衛生上宜しくない。
そんな事も気にせず、猫は今日も私の横でべらべらと喋っている。無視したいのだが、私の私生活を虚実構わず近所に吹聴して回るというのだから、これが出来ない。
しかも一度開くとその口が閉じられる事はなく、非常に五月蠅い。余りにも五月蠅いのでこの頃は家に上げてから喋らせている。
しかし話の内容が凄まじい。猫らしくない。やれこの頃は野菜の値段が上がったやら株価がどうのやら、聞き齧りの穴だらけの知識で時事について話すのだ。しかも感傷的な話もするし、厚かましくも私の性格や環境に駄目出しさえする。猫なら猫らしく、キャットフードの値段の話でもしていれば良いのにと、常々思う。
何故そんなに人間社会の事について喋りたがるのか聞くと、以前人間に化けて生活していた事があるからだと言う。なんと、化け猫であったのかと思いながらまじまじと猫を見るが、別段尻尾が別れているということもなく、滑らかに動く口と舌が猫離れしていて気色悪いだけだった。一体どうやって喋っているのか。
化け猫ならば人間に変身して、訪問しろと言ったが、今は出来ないらしい。疲れるからだの何だの言っているが、本当に出来るのかどうか、定かでは無い。
 今は猫生活をしているが、ここの猫は縄張り意識が強くて困ると、この化け猫は話す。どうやら私の家に初めて来た時は、ここいらの猫達に虐められて逃げてきたらしい。確かに私の家には他の猫は寄り着かないが、良い迷惑だ。化け猫ならば、普通の猫には負けないだろうと訪ねるが、どうもそういった事は無いらしい。奴らは集団で襲ってくるから嫌いだ、と言っていた。猫も人もそう変わりは無いとも語った。
「それなら独りで生きていけばいいだろう、何も人間の家に拠り付かなくても」と、化け猫に迷惑しているという思いも含みながら話したが、化け猫は飄々としてどこ吹く風だ。
「たまに寂しくなることもあるのだ」そう言い残すと、ご馳走様と言うと窓から外へと飛び出していった。本当に勝手な奴だ。
しかし、その日を最後に化け猫は姿を現さなくなった。どこかで死んでしまったのだろうか。それとも私の心情を察して消えたのだろうか。どんなに考えてもその理由は私には解らない。ただ、意外な事に化け猫の不在を寂しがる自分がいた事実だけが残っている。
もう、猫は嫌いでは無くなっていた。ただ、道で猫を見掛けると、私に喋りかけてくるのではないかと期待する様になった。それだけだ。

作品名:笑う猫の口 作家名:折戸 黄