左地臼氏殺害事件
大広間には、私を含めて二十数人の、事件関係者らが集められていた。
この屋敷――左地臼(さちうす)家の大きな屋敷では、昨夜、いまどき時代錯誤としか思えない、小規模の舞踏会が行われていた。その場で、唐突に殺人が起きたのだ。
招待されていた客の中に、たまたま探偵が一人いた……それが、私だった。
「では、皆さん。ここに集まっていただいたのは他でもない……、この事件の真犯人を暴くためです」
私は招待客と、通報を聞いて駆けつけた所轄の警察官の前で、堂々とそう言い放った。客達が、一斉にどよめく。おお、と誰かが感嘆のため息を漏らす。私は胸を張る。
「……えー、何を隠そう、このわたくしは私立探偵で御座います。皆さんも知っての通り、わたくしどもが古くから親交を暖めてきたあの誇り高き紳士・左地臼氏が昨夜、殺害されてしまいました――、何の因果か、探偵の私の目の前で!」
観客の一部――そのほとんどが女性客だった――が、ハンカチで目を押さえる。
「ええ、まったく悲しい事件です。悲惨でした。それで、わたくしも探偵という職業柄……また、左地臼氏との個人的諸々も手伝いまして、独自にこの一晩、考えました訳です。……この大芝居を終わらせるにはどうすれば良いかを」
「それで、こうして皆を集めてどうしようって言うんですか?」
茶髪の警察官が、腕を組んで私を睨む。
「まあお待ちなさい。そう焦らずに。今から私が、この『左地臼氏殺害事件』という芝居を終わらせて差し上げますから」
「そうですか」
警察官はしぶしぶ肯く。彼には彼の仕事があるため、私のこうした茶番になど付き合っていられないと考えているのだろう。だが、これは私にとって、一生に一度あるかないかの大舞台だ。探偵という地味な職業を続けてきて、殺人事件……それもこのような古びた大きな屋敷で起きた殺人事件に第一人者として関わることができ、またその謎を解くためにこうして人々の前で華麗に弁舌を振るうことができるなんて、夢のようである。そう、今この瞬間だけは、私は本当に本当の『私立探偵』としてスポットライトに照らし出されているのである。
「では、本題に入りましょう。けほん、えー……、まず、ずばり言いましょう。この中に、犯人がいます!」
私の言葉に、招待客たちは騒然となる。自分の隣の人間を気味悪そうに窺う婦人や、何も言われていないのに弁解がましく自らのアリバイ証明を始める紳士まで、多種多様な反応を返してくれた。ああ、これでこそ探偵の腕も鳴るというものだ。私はつばを飲み込んで、二、三度咳払いをした。
「皆さん、どうか静粛に。大丈夫です、安心してください。わたくしは、勿論、皆さん全員がぐるになって左地臼氏を殺害したとは考えておりません。ええ、ご安心ください。わたくしは、皆様方の中から、容疑者を数人に絞ったので御座います」
「はいはい」
警察官が、嘲笑するように私を見る。私は彼の方を見ずに、聴衆に向かって声を響かせる。
「では、その容疑者とは誰なのか?」
皆、茶髪の警察官を除いた皆が、固唾を呑んで私を見守っている。
「えー、まずお一人は、左地臼夫人、あなたです」
「なっ……私ですの?」
私に名指しされ、婦人は大げさにのけぞる。婦人は昨夜の舞踏会の名残で、真っ赤な、丈の長いドレスを身に着けている。そのドレスの裾をびらびらと揺らしながら、彼女は私の近くまで歩み寄ってきた。
「言いがかりは止していただきたいわ。私に主人を殺す動機なんて御座いません!」
彼女は憤って、ただでさえきつい造りの顔が、さらに険しくなる。私は彼女から一歩離れて、降参のポーズのように、両手を挙げた。
「まあまあ、私はまだあなたが犯人だと言ったわけではありませんよ。ただ、左地臼氏が殺された時の現場の状況から見て、怪しいと言える人物を挙げてみただけですから……。さあ、落ち着いてください、どうか」
左地臼夫人はまだ腹の虫が納まらないのか肩で息をしながら私を睨みつけ、そしてそのまま、もといた位置まで戻っていった。私は気を取り直して、再び『私立探偵』の役目を続行する。
「そして、次なる容疑者は金椎(かなしい)氏、あなたです」
「まあ、そうなるだろうとは思っていたけどね」
私に指名された金椎氏は、悠然とワイングラスを傾けた。口ひげを蓄えた、細身の紳士である。彼からは余裕が感じ取れた。自分は決して人を殺したりなどしていないという、揺るぐことのない自信。
「それで? 僕と左地臼夫人を容疑者に指名したわけは、勿論聞かせていただけるんでしょうね」
金椎氏は微笑みながら、私に聞く。私は肯きを返す。
「それはもう。きちんとご説明させていただきます。ただ、その前に、左地臼氏が殺害された時の状況を、皆さんにもう一度思い出していただきたいのです……。いまからわたくしが、そのときの状況を再構成致します」
私は大仰な身振りを交え、そう言った。左地臼夫人は相変わらず私を睨みつけており、金椎氏は興味深そうにしている。ただ一人、警察官だけが、私を嘲弄するように皮肉気な笑みをたたえていた。
「まず、この屋敷では昨夜、ホームパーティ的な趣旨の、舞踏会が催されました。会が始まったのが、夜の七時。それから二時間の間、左地臼氏はご存命で――、わたくしたち招待客の面々と挨拶を交わされておりました。それは、金椎氏もご承知でしょう」
金椎氏は、小さく肯く。
「さて、事件が起きたのは九時も十分を回った頃でしょうか。私は、ちょうどそのとき左地臼氏のまん前にいました。左地臼氏の隣には左地臼夫人が……、左地臼氏の後ろには金椎氏がいらっしゃいました。そのとき、突如として会場の電気が落ちました」
「そうそう、あれは主人が前もって計画していたサプライズでしたのよ。小さな花火を灯したケーキを、皆さんに振舞うつもりでしたの」
左地臼夫人はそう言い、うなだれた。
「それなのに、あんなことになって……。ううっ」
「本当にお気の毒です。……ええ、左地臼氏が殺害されたのは、その、僅か三分の間でした。三分経っても主人から合図が出なかったことで、使用人の一郎君が左地臼氏に呼びかけたのです――『もうお出ししてもよろしいですか』、と」
「そう、そうよ。それで何の返事もなかったから……、それでっ……」
左地臼夫人はとうとう泣き崩れてしまった。気丈な人だと思っていたが、主人の死は相当ショックであるらしい。
この屋敷――左地臼(さちうす)家の大きな屋敷では、昨夜、いまどき時代錯誤としか思えない、小規模の舞踏会が行われていた。その場で、唐突に殺人が起きたのだ。
招待されていた客の中に、たまたま探偵が一人いた……それが、私だった。
「では、皆さん。ここに集まっていただいたのは他でもない……、この事件の真犯人を暴くためです」
私は招待客と、通報を聞いて駆けつけた所轄の警察官の前で、堂々とそう言い放った。客達が、一斉にどよめく。おお、と誰かが感嘆のため息を漏らす。私は胸を張る。
「……えー、何を隠そう、このわたくしは私立探偵で御座います。皆さんも知っての通り、わたくしどもが古くから親交を暖めてきたあの誇り高き紳士・左地臼氏が昨夜、殺害されてしまいました――、何の因果か、探偵の私の目の前で!」
観客の一部――そのほとんどが女性客だった――が、ハンカチで目を押さえる。
「ええ、まったく悲しい事件です。悲惨でした。それで、わたくしも探偵という職業柄……また、左地臼氏との個人的諸々も手伝いまして、独自にこの一晩、考えました訳です。……この大芝居を終わらせるにはどうすれば良いかを」
「それで、こうして皆を集めてどうしようって言うんですか?」
茶髪の警察官が、腕を組んで私を睨む。
「まあお待ちなさい。そう焦らずに。今から私が、この『左地臼氏殺害事件』という芝居を終わらせて差し上げますから」
「そうですか」
警察官はしぶしぶ肯く。彼には彼の仕事があるため、私のこうした茶番になど付き合っていられないと考えているのだろう。だが、これは私にとって、一生に一度あるかないかの大舞台だ。探偵という地味な職業を続けてきて、殺人事件……それもこのような古びた大きな屋敷で起きた殺人事件に第一人者として関わることができ、またその謎を解くためにこうして人々の前で華麗に弁舌を振るうことができるなんて、夢のようである。そう、今この瞬間だけは、私は本当に本当の『私立探偵』としてスポットライトに照らし出されているのである。
「では、本題に入りましょう。けほん、えー……、まず、ずばり言いましょう。この中に、犯人がいます!」
私の言葉に、招待客たちは騒然となる。自分の隣の人間を気味悪そうに窺う婦人や、何も言われていないのに弁解がましく自らのアリバイ証明を始める紳士まで、多種多様な反応を返してくれた。ああ、これでこそ探偵の腕も鳴るというものだ。私はつばを飲み込んで、二、三度咳払いをした。
「皆さん、どうか静粛に。大丈夫です、安心してください。わたくしは、勿論、皆さん全員がぐるになって左地臼氏を殺害したとは考えておりません。ええ、ご安心ください。わたくしは、皆様方の中から、容疑者を数人に絞ったので御座います」
「はいはい」
警察官が、嘲笑するように私を見る。私は彼の方を見ずに、聴衆に向かって声を響かせる。
「では、その容疑者とは誰なのか?」
皆、茶髪の警察官を除いた皆が、固唾を呑んで私を見守っている。
「えー、まずお一人は、左地臼夫人、あなたです」
「なっ……私ですの?」
私に名指しされ、婦人は大げさにのけぞる。婦人は昨夜の舞踏会の名残で、真っ赤な、丈の長いドレスを身に着けている。そのドレスの裾をびらびらと揺らしながら、彼女は私の近くまで歩み寄ってきた。
「言いがかりは止していただきたいわ。私に主人を殺す動機なんて御座いません!」
彼女は憤って、ただでさえきつい造りの顔が、さらに険しくなる。私は彼女から一歩離れて、降参のポーズのように、両手を挙げた。
「まあまあ、私はまだあなたが犯人だと言ったわけではありませんよ。ただ、左地臼氏が殺された時の現場の状況から見て、怪しいと言える人物を挙げてみただけですから……。さあ、落ち着いてください、どうか」
左地臼夫人はまだ腹の虫が納まらないのか肩で息をしながら私を睨みつけ、そしてそのまま、もといた位置まで戻っていった。私は気を取り直して、再び『私立探偵』の役目を続行する。
「そして、次なる容疑者は金椎(かなしい)氏、あなたです」
「まあ、そうなるだろうとは思っていたけどね」
私に指名された金椎氏は、悠然とワイングラスを傾けた。口ひげを蓄えた、細身の紳士である。彼からは余裕が感じ取れた。自分は決して人を殺したりなどしていないという、揺るぐことのない自信。
「それで? 僕と左地臼夫人を容疑者に指名したわけは、勿論聞かせていただけるんでしょうね」
金椎氏は微笑みながら、私に聞く。私は肯きを返す。
「それはもう。きちんとご説明させていただきます。ただ、その前に、左地臼氏が殺害された時の状況を、皆さんにもう一度思い出していただきたいのです……。いまからわたくしが、そのときの状況を再構成致します」
私は大仰な身振りを交え、そう言った。左地臼夫人は相変わらず私を睨みつけており、金椎氏は興味深そうにしている。ただ一人、警察官だけが、私を嘲弄するように皮肉気な笑みをたたえていた。
「まず、この屋敷では昨夜、ホームパーティ的な趣旨の、舞踏会が催されました。会が始まったのが、夜の七時。それから二時間の間、左地臼氏はご存命で――、わたくしたち招待客の面々と挨拶を交わされておりました。それは、金椎氏もご承知でしょう」
金椎氏は、小さく肯く。
「さて、事件が起きたのは九時も十分を回った頃でしょうか。私は、ちょうどそのとき左地臼氏のまん前にいました。左地臼氏の隣には左地臼夫人が……、左地臼氏の後ろには金椎氏がいらっしゃいました。そのとき、突如として会場の電気が落ちました」
「そうそう、あれは主人が前もって計画していたサプライズでしたのよ。小さな花火を灯したケーキを、皆さんに振舞うつもりでしたの」
左地臼夫人はそう言い、うなだれた。
「それなのに、あんなことになって……。ううっ」
「本当にお気の毒です。……ええ、左地臼氏が殺害されたのは、その、僅か三分の間でした。三分経っても主人から合図が出なかったことで、使用人の一郎君が左地臼氏に呼びかけたのです――『もうお出ししてもよろしいですか』、と」
「そう、そうよ。それで何の返事もなかったから……、それでっ……」
左地臼夫人はとうとう泣き崩れてしまった。気丈な人だと思っていたが、主人の死は相当ショックであるらしい。