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雪山奇談

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「なるほど。これがこいつの恨みの原因。百歳を過ぎた老猿(ろうえん)が、うっかり狩人の一撃を受けちまったんだ。息をするたびにうっとうしくチクチク痛んだろうよ。そりゃ化け物にもなろうってもんだ」
 氷雪鬼はまるでさっきの楽瞬の逆をいくように、体を縮ませていく。最後には大きめの猿そのものになって「キキッ」と小さく鳴いた。そして案外かわいらしい仕草で走り去っていく。
「ま、手術で傷が広がっちまったが、すぐに閉じるだろ」
 ようやく起き上がった香桃は、憎々しげな視線を半獣に向けた。
「久しぶりですね、白虎(バイフー)」
 虎の目が、いたずらっぽく弧を描いた。
「相変わらず冷たい反応だな、香桃」
「楽瞬様の体に寄生する神をどうして好きになれましょう」
 子供だった楽瞬が会った、命のつきかけた虎の神、白虎。その神はもとの体が消える瞬間、耳を通してその魂だけを楽瞬に乗り移らせた。楽瞬は、しばらくの間体と意識を乗っ取られ、しばらく山の中をさ迷っていたらしい。術者がその神に封印を施したものの、一番強く神の影響を受けた右耳はもとに戻らず、その上、本来なら香桃と同い年の楽瞬の体は、封印を施した子供のままで時を止めてしまった。封印をとけばモトの大人の姿に戻るが、その代わり白虎に体を乗っ取られてしまう。
「クックック」
 白虎は封印の布を踏みつけた。釣りあがった唇から牙がのぞく。
「まあ、とにかくせっかく封印がとけて、自由になれたんだ。このまま行かせてもらう。じゃあな!」
 獣の身軽さで、白虎は雪を蹴った。
 香桃は懐から新しいムチを取り出す。灰色の毛皮でできた、やわらかい物だ。放たれたムチは、白虎の足首に絡みついた。
「グハッ」
 足を引っ張られ、白虎は思い切り顔面から雪に倒れた。
 ムチから炎がゆらめき、燃え上がる。雪を溶かすことのない、魔性の火。その火は、人間である楽瞬の体を傷つけることなく白虎を苦しめることができた。
「あち、あちちちち」
「溶岩すら食らうネズミの妖怪、火鼠(かそ)の毛皮で出来たムチです。山の神であるあなたなら利くでしょう」
 香桃は白虎の背中をふみつけた。
「大体、封印のために楽瞬様がずっと子供の姿ってなんですかそれ」
「痛い、痛い、地味に痛い!」
「本来、楽瞬様は私と同い年。絶対に貴方を追い出して、大人になった楽瞬様と慕いあう仲になってみせますから」
 封印の布を取り上げ、香桃は白虎の頭に巻きつけ、ムチを解く。
「香桃! 無事でよかった!」
 もとの子供の姿に戻った楽瞬がにっこりと笑う。
「私を助けてくれるのは嬉しいのですが、そう軽々しく封印を解かれては」
 香桃は長くなった楽瞬の袖をめくってしばっていく。
「あの白虎に体をのっとられ、戻れなくなったらどうするんですか」
「大丈夫。アイツはそう悪い奴じゃないよ」
 まだ不満そうな香桃を残して、楽瞬は穴へ戻っていった。
「でも、氷雪姫に操られたのでなければ、なぜ空誘さんはこんな所をうろついていたんでしょう?」
「羽房さんのため」
 香桃が戦っている間、楽瞬はできる限りの手当てをしたらしく、傷薬の箱や水をいれた器が穴の中に転がっていた。空誘の呼吸も、かなりしっかりしている。
 楽瞬は、空誘の傍を通り抜け、穴の奥へと進んだ。穴は奥にいくほどせばまり、坑道(こうどう)のようになっている。
「結構、大きいですわね、この穴」
 奥に行くに連れて、何となく暖かくなってくる。
 岩場に、小さな水たまりのような池があった。そこから湯気があがっている。そして、その周りを、コケや、日陰に咲く花が覆っていた。
「温泉!」
「空誘さんの傍に、薬草が落ちてた」
 楽瞬は嬉しそうに言った。
「多分、空誘さんは羽房さんの病気を治したくてわざわざここまで来たんだ。羽房さんに内緒で。この山に登れないのは冬の間だけだから、きっと他の季節にここを見つけてたんだろう」
「なんとなくわかりました。多分、ケンカする前から羽房さんは軽く風邪ひいてたんでしょう。で、心配だった空誘さんは、わざわざ薬草をとりに。ケンカのお詫びもかねて」
 二人は空誘のもとに引き返しながら、話を続けた。
「で、外に出たところを氷雪鬼に襲われた。この穴に逃げ帰ったはいいけど、そこで気絶ちゃったんだ」
「ここでよかったですよ! 温泉の暖かさがなかったら凍死していましたね」
 二人が戻ると、空誘がちょうど体を起こす所だった。
「う、ここは……」
 空誘が咳き込む。
「よかった、気がついて! 早く帰ろう! 羽房さんが心配してるよ」
「とりあえず、その様子では歩くのは無理ですね。私では村まで運ぶことはできませんし。人を呼んでこなければ」
 なんというか、と香桃は考えた。こんな周りくどいことをしなくても、「すまない」の一言で円く収まりそうなものだが。人の心の中には何が潜んでいるのか本当にわからない。憎しみだけでなく、愛情やらやさしさなんかも一緒くたに沈んでいるのだから、たちが悪い。でも、なんとなく楽瞬が恨みの声に耳をすましながら無邪気でいられるのかもわかった気がしないでもない。
 外へ出ると、いつの間にか、雪はやみ、太陽がのぞいていた。吹き上げられた地表の雪が、美しくきらめいてた。

作品名:雪山奇談 作家名:三塚 章