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スカイグレイ
スカイグレイ
novelistID. 8368
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風が私にそうさせたのか

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「ナナエさん」
「彼女」は少し掠れた声で私の名を口にして、華奢な腕で、私を部屋に招き入れた。
赤い唇が開く。長い睫毛で縁取られた大きな目が、ぐにゃりと歪んだ。
「あんたらの仲良しごっこに付き合うのはもう飽きた。でも、なかなか楽しかったぜ。『女装』するのもたまには悪くないもんだな」
 自分の耳を疑った。何を言われたのか全く理解できなかった。
「だけどあんた、自分の姿見たことあんのか? ごっつい男が女装してそんな女言葉で喋ってたら、気持ち悪い以外の何物でもないぜ」
ここでは大丈夫だと思っていたのに。ありのままの私を誰も咎めないと思っていたのに。
「あなた、誰?」
 目の前にいる知らない男は、私の問いに対して鼻で笑って返した。
「さーて、誰だろうねえ? 少なくともサツキっていう女じゃないことは確かだねえ」
 唇も歪められ、その表情はより一層醜悪になった。
「あーははははっ! おっかしーねぇ! 醜いねえ! どーしてあんた達はそんなことで苦しんでるんだろうねえ! 似合いもしない服を着て化粧して、似合いもしない喋り方と仕草して! どんなに努力したって報われないのに! 何をしたって無駄なのに! ひゃーはははは! おっかしーったらありゃしねえ!」
 顔が熱くなって、頭に血が上っていくのがわかった。怒りというよりも、羞恥のせいだった。「仲間」でもなんでもない人に、こんな姿を晒して馬鹿にされたことが恥ずかしくて堪らなかった。
 なぜ、私の全てを受け入れて肯定してくれるはずの場所で、私は否定されているのだろう。どうして私は、見知らぬ男によってこんな辱めを受けているのだろう。
 こいつさえいなければ。
 こいつは私達の中に紛れ込んだコンピューター・ウイルス。まだ被害を受けたのは私だけ。こいつがカズヒトさんやユウジくんに危害を加えないうちに排除しなければ。
「おーい、なんとか言ったらどうだ?」
 私は、ヘラヘラ笑っているそいつの白い首に手を伸ばした。
「ひっ」
 そいつの細い首は私の無骨な両手の中に、あつらえたようにすっぽり収まった。
「おい、何するんだ。やめろ! ……ぐぅッ」 
徐々に徐々に、力を入れていく。
「わ、わがっだ。俺が悪がっだ。謝るがら手を……ぐうぅぅぅッ!」
 いやだ、絶対に放すものか。
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅッ!」
 美しい顔を持ったそいつが浮かべる苦悶の表情を見ていると、何だか嬉しくなった。もっと、もっと、もっと強く!
「ぐう、う、うぅぅぅぅ……」
 がくり、とそいつは項垂れた。
 死んでしまった。
私が、殺した。
 手を放すと、「それ」は床の上に崩れ落ちた。
 体はとても火照っていたけれど、頭の芯は冷えきっていて、私は冷静そのものだった。
 なぜだか、人間を殺したという気はしなかった。邪魔者を排除した、とただそれだけだった。目の前に転がっている、ついさっきまで人間だった「それ」について、私は何も知らない。
私達の仲間だったサツキは最初から幻だったのだ。そんな人はどこにもいなかったのだ。
 恐らく、罪を免れることはできない。カズヒトさんとユウジくんに、私のしたことを知らせて、それから自首しようと思った。
 ドアノブに手を掛けた時、ゴォォォという風の音が一際大きく聞こえて、私は思わず振り向いた。
 窓の外に広がる海が見える。時刻はちょうど夕方で、空のオレンジ色を映した水面が美しかった。何かに引き寄せられるようにして、バルコニーに出てみる。強い風が私の髪を嬲った。
 ふと下を見ると、水の中から幾つも岩が顔を出しているのがわかった。そして、点と点を線で結ぶように、私が何をすべきなのかを理解した。

 死体を投げ落としたところで、私の犯した罪が発覚しないはずはなく、例えカズヒトさんとユウジくんをうまく騙しおおせたとしても、警察の目は誤魔化せないということはよくわかっていた。
 けれど、あんなものを私達の「世界」に置いておきたくなかった。あんなものによって、カズヒトさんとユウジくんの目が汚されるなどということは許せなかった。私は、仲間を守りたかった。
 私は、私のしたことについて後悔していない。
***
できればこんな結末は避けたかった。警察の捜査があって、私が犯人だという証拠が見つかってから逮捕されたかった。そうすれば、カズヒトさんやユウジくんと顔を合わせずに済むからだ。私達はお互いの本当の名前も年齢も職業も知らない。ナナエなんて女は幻だったのだ、とそう思ってくれれば一番良かった。
「ねえナナエさん」
警察に向かう車の中で、ユウジくんが言った。
「なんで俺達、間違った体で生まれてきちゃったんでしょうね」
 その純粋で素朴な疑問に、言葉がすぐには出てこなかった。
「……結局、全てを司る万能の神なんていないんじゃないかと思うの。だから私は無神論者。確かに私達はいろんなことに苦しめられてる。それは世間の不理解だったり、自分の心と体のギャップだったり。だけどね、それは誰のせいにもできないの。私達の親も、誰も悪くないの。だからね、なんでこの体に生まれたのか、じゃなくて、この体で何ができるのか、を考えた方がずっと有益だと思うの。……人を殺した私が言えることじゃないけどね」
これが、私なりに出した精一杯の答えだ。
ユウジくんは、そうっすね、と言ったっきり黙りこんでしまっている。私の言葉に納得したのかどうかはわからない。
運転席に座るカズヒトさんは終始、沈黙を保ったままだ。
私はきっと、あの風鳴館の中で聞いた風の音を忘れないだろう。
あの音を聞くとどうにも不安を掻き立てられる。
できることなら、風の音はもう二度と聞きたくないと思う。