魔術師 浅野俊介2
第2章 敵対者
浅野(あさの)俊介(しゅんすけ)は、自身が所属しているタレント事務所『相澤プロダクション』の食堂で、研究生達にマジックを見せていた。
「コイン握って…そう。今、ちゃんと握ってるね。」
コインを握らされた男子研究生がうなずいた。周りで男女混じって、浅野のいるテーブルを囲んでいる。
浅野は自分で拳を握って、机の上をその拳でコンと叩いた。
「手の中のコインがなくなったの感じた?」
男子研究生が驚いた表情でうなずいた。
「手を開いて見せて。」
男子研究生の手の中にはコインがない。
「はい、ここへ移動したよ。」
浅野が手を開くと、コインが姿を現した。
拍手が起こる。
(いいのかなー…こんなに力使っちゃって…そろそろ本当のマジックしようか…)
浅野はそう思い、コインを持ち、あちこちに移動させた。
右手にあったかと思うと、左手から出し右手にはない。今度は両手からなくなったかと思うと、男子研究生の耳の後ろからコインを出した。これは本当のマジックで、器用な人間が訓練を積めば誰でもできる。
「あっとと…」
浅野がコインを落とした。研究生から笑いが起こった。
「失敗失敗…今のでばれちゃったね。」
浅野が頭を掻きながら笑った。…実はわざと失敗したのだが…。
「僕は今半そでだけど、長袖でポケットのある上着を着ていれば、誰でもコインマジックはできるんだ。いかに早く隠すか、移動させるかを練習すればいい。マジックって案外単純なんだ。」
研究生達がうなずいた。
「今日はこれで終わり。また今度ね。」
浅野の言葉に研究生達が拍手をした。そして独り独り頭を下げて、テーブルから離れた。
(ここの子は行儀がいいし、素直な子が多いなぁ…。独りぐらい「そんなの知ってる」とか言い出しそうなもんなのに…)
今までの経験から浅野はそう思った。
「食後の運動は終わったし、コーヒーでも飲むか。」
浅野が財布をポケットから取り出しながら立ち上がると、すっとコーヒーが浅野の前に置かれた。
(イリュージョン?)
浅野がびっくりしてコーヒーを見てるいると、横に北条(きたじょう)圭一(けいいち)がクスクスと笑って立っていた。
「ああ、圭一君。びっくりしちゃった。」
「お疲れ様でした。」
「ありがとう。コーヒー代…」
「100円くらいいいですよ。」
「いやいや…そう言う訳には…」
そう言って、浅野はくっと握った拳から100円玉を出した。
「はい。ありがとう。」
圭一が驚いて、その100円玉を受け取った。
「…今のは?」
「テレポート」
浅野がにやりと笑った。
圭一が笑った。
「ありがとうございます。」
そう言って、100円を受け取り、浅野と一緒に座った。
「無料で講習するなんて…もったいないじゃないですか。社長にマジックの講師として契約してもらうよう僕から頼みましょうか?」
「いや…ほとんど僕は力に頼っているから、教えられるマジックはあまりないんだ。そのうち皆も飽きてくるだろう。」
「そうでしょうか。」
圭一はコーヒーを一口飲んだ。
「僕にしてみれば、こんな美味しいコーヒーがおかわり自由で100円というのがイリュージョンだよ。」
浅野がコーヒーを一口飲んでから、感心したように言う。
「次のショーは決まったんですか?」
「いや…イリュージョンショーは、ちょっともったいぶるくらいがいいんだ。それこそ飽きられちゃう。」
「なるほど…」
圭一がうなずいた。
「でも時々、テレビに出させてもらって、ちょっとした技を見せる事ができるから助かるよ。それも報酬をすぐにくれるのがいい。」
「今までどうされてたんです?」
「いろんなバイトしたよー。ラーメン店の店員だろ?ガソリンスタンド、ビデオ屋、お化け屋敷…」
「お化け屋敷!」
圭一が笑った。
「それこそイリュージョンでさ。瞬間移動して脅かしてやったの。」
「…それは怖いでしょう。」
「あれが一番、報酬良かったかな。」
「…それ以外はずっと力を押さえてたんですか…?」
「まぁね。この前のショーは本当に力を解放出来て楽しかったよ…。邪魔さえ入らなければね。」
「先輩弟子っておっしゃってましたっけ?」
「いや…頭に浮かんだのは同僚の顔だったよ。」
「同僚?」
「うん。俺と同じくらいの力を持ったやつでね。ライバルとも言えるが…実際は、あいつに追放されたようなもんかな…。」
「嫉妬心ですか?」
「だろうな。師匠は普通のマジシャンだったが、やたらかわいがってくれてね。それを妬んだんだろう。師匠も自分の腕よりも上の弟子を持つことに不安があったのかもしれない。正直、危険なマジックをしたから追放だなんておかしな話なんだ。マジックは危険がつきものってのがあたりまえなのにさ。」
「…ですよね…。以前プリンセス天功さんが顔に大けがをされた時に、それを思いました。」
「あの人は可愛いだけじゃなく、アイデアマン…あ、ウーマンだよね。それにアシスタントだけに任せずに、自分でも危険な事をやるからすごいんだ。大抵あれだけのことができたら、自分でやらないよ。」
「へぇー…」
2人はしばらく沈黙した。
「今日もバー手伝ってくれるのかい?」
「はい!」
「ほんと助かるよ。最近、マジック見せてくれっていう人多いから、カクテル作る時間もない…」
「僕も少しならカクテル作れますから、ご遠慮なく。」
「ありがとう。」
浅野が圭一に微笑んだ。
……
「やべ、チャームがそろそろないな…」
バーの準備をしていた浅野は時計を見た。
「こんな時間じゃ、配達してくれないか。適当なの買いに行こう…」
浅野は財布のお金を確認すると、エレベーターに乗り、1階へ降りた。
そして外へ出た。
18時前だが、まだ明るい。
歩いて駅のデパートに行った。
そして、スナック菓子を袋いっぱいにつめて出てきた。
横断歩道を渡った。その後ろを右折の車が通ったのを感じた途端、その車がいきなりバックして浅野に向かってきた。
浅野は咄嗟に手を出し、車を止めた。
(…おかしい…)
いきなりバックするにもギアチェンジする間が普通はある。その車はギアチェンジせずにバックしたような感じだった。
(!!まさかあいつ!!)
浅野は辺りを見渡した。
車をバックさせた運転手が、浅野にぶつかったのかと思ったのか、浅野に駆け寄って謝りに来た。
「すいません!急に車が…!」
「ああ、いいっていいって。」
浅野は運転手に向かって手を振り、あたりを見渡している。
運転手は驚いていたが、逃げるようにして車に乗り立ち去って行った。
「いない…?…絶対あいつがいたと思ったんだけど…」
そう浅野が呟くと「浅野さん!」という声とともに、圭一が駆け寄ってきていた。
「大丈夫だったんですか!?…今の車…」
「うん。思わず力使っちゃって止めたんだけど…」
「…さっき言ってた同僚の方でしょうか。」
「…たぶんな…ここにいちゃ危ないから、プロダクションに戻ろう。」
「はい!」
2人はプロダクションに向かって走った。
……
(あいつが、こんな近くまで来ているとしたら…やばいな…)