ハイエースの旅人
*
キャンプの朝の始まりはいつも決まっている。鳥のさえずりと朝日の眩しさ。それに木々が風でしなる音。これに雨音が加わると最悪な目覚めなのだが、どうやら今日も快晴らしい。寝返りをうつと、頭上にはノートとペン。それと、電気がつけっぱなしになっているヘッドライトが転がっていた。状況を把握するのに少し時間がかかったが、すぐに寝落ちしてしまったことに気が付いた。続けて、携帯電話のアラームが鳴り響く。
「六時か…」
いつもどおりの起床時間。この携帯電話は土曜日も平日の設定でアラームが鳴ってしまうのが難点だ。寝袋に潜ったまま腕を伸ばし、音の主を探しだすと、アラームを止めた。
しばらくの夢うつつ。
「…そうだ」
ハッと目が覚めた。彼はどうしただろうか?
寝袋を抜け出すと、足元に畳んで置いてあったジーンズを手早く履き、朝露で濡れたテントを飛び出した。
『そこ』には彼も、黒いハイエースの姿も無かった。
周囲を見回し、キャンプ場内を歩いてみる。見当たらない。
もしかしたら入り口の駐車所にいるかもしれない。サンダルのまま、少し小走りで駐車場へ向かうが、やはり、いなかった。
『四時過ぎにはここを出るよ』
そう言っていたんだ、いるはずがない。今頃は高速道路を走っている事だろう。
起きたら朝食を食べている彼がいて「おはようさん」と声をかけてくれる。そんな朝を期待していたわけではないが、あの夜、飲んで語った跡地にこうして一人で立つと、どうしても寂しいという感情が心に染み渡っていった。
旅先の出会いとは別れの始まりでもある。どこかで聞いたセリフが頭をよぎった。彼は彼の旅をいつもどおり続けたまでだ。僕は僕の旅を続けなければ。それに、今日からが今回の能登半島周回ツーリングの本番だ。感傷に浸ってのんびりなんてしていたら予定が狂ってしまう。
朝日が木々の陰から顔をのぞかせた。僕の顔とバイクを眩しく照らす。雨など降りそうも無い青空だが、風邪の強さが気になったので、一応、携帯電話で天気予報をチェックする。なんと、午後から能登は嵐に見舞われるらしい。こいつは波乱のツーリングになりそうだ。
お腹が鳴った。
テントから朝食を作るための道具を取り出すと、ステンレスのヤカンを手に僕は炊事場へ向かった。
「ま、とりあえず朝飯でも作るか」
【ハイエースの旅人・完】