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たかむらかずとし
たかむらかずとし
novelistID. 16271
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遠いどこかの6分21秒(10/22更新 静帝短編集)

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幸福のそのかたち



 膝の上に帝人を乗せて、じっと覗き込む。
 帝人はぱちぱちと瞬きをして、気まずげに目をそらした。
「おい、こっち見ろよ」
「やですよ、ていうか何でそんなに見るんですか」
 帝人はごろんと俺の腹に背を向ける。ちょっとむかつく。俺がいるんだから俺を見ればいいのに、と思う。
 仄かに耳を赤くした帝人は俺の腿に頭を乗せたまま、もぞもぞと赤ん坊のように身体を丸めた。文句を言ってもここを離れる気はないらしい。
 それに気を良くして帝人の背中から首の辺りを眺め続ける。真っ白な制服のシャツに細い骨が浮いていた。
「ひゃうっ?!」
「犬か」
 その骨を指先でつまむと素っ頓狂な声が上がった。
 背骨は硬く、小さい。一つ一つを見分けられるほど痩せてはいない帝人の背中には、その背骨がなだらかな隆起を描いている。俺はシャツ越しにその稜線を幻視する。
 骨の両脇をつまんで少し揉んでやる。指先にごり、とこすれる感触。帝人はきっとこちらを睨んだ。
「やめて下さい! 痛いんですけどそれ!」
「あ、悪い」
 仕方ないので俺はまた背を向けた帝人の顎の骨を辿ることにした。
 今度は何も言わない。ただむくれたように視線を寄越し、ふんと鼻を鳴らして顔を背ける。温かな吐息がスラックス越しに俺の皮膚に届く。ちょっとエロい。多分本人は気付いていないのでそのままにさせておく。
 帝人の頭は小さい。奇麗な形をしていて、そして華奢だ。時々俺はこいつの頭を見下ろしながらビードロを想像する。薄い薄いガラスでできた華奢な球。
 そのビードロのような頭から、小作りな顔へ続く顎のラインを指先で辿る。
 顎の骨の上にはほとんど肉がついていない。頬はあんなに柔らかいのに、と俺は考えるが、言わない。前にそれで拗ねられたことがある。これで俺も学習能力は高いのだ、帝人に限って言えば。
 俺はふと思いついて帝人の目を掌で覆った。
「え?」
 帝人はぽかんと口を開ける。目が見えないのに口が開いている。ちょっとエロい。
 ぽかんと開いた口に食らいつきたい衝動をこらえて、俺は掌に集中する。
「なんですか?」
 帝人は危機感の欠片もなくただ不思議そうに言う。
「あー、気にすんな」
「ええ? 気になりますよそりゃ…」
 帝人はぶつぶつ言いながらも、俺の手を外そうとはしない。
 ごろんと寝返りを打つので、それに合わせて手も動かす。
 帝人はくすくすと笑う。
「今日の静雄さんはなんか変だなー」
「そうか?」
「じーっと僕のこと見るしー、背中弄るしー、目隠しするしー」
「語尾伸ばすな」
 女子高生かお前は、と言う間も、俺は掌を外さない。帝人はけらけらと笑う。
 俺も笑う。
 


 俺は帝人の目を覆ったまま、掌の感覚に集中する。
 帝人が瞬きをする度、大きな目を覆う薄い瞼がひくひくと動く。
 長いけれど数は多くはない睫が俺の掌をさらさらとかすめる。
 掌の皮膚を引っ掻くように帝人の瞬きに合わせて動く。
 まるで帝人でない、別の小さな生き物が俺の掌の下にいるように、その動きは不意で、突然だった。
 それが無性に愛おしい。



 帝人は俺に目を覆われたまま、いつのまにかうとうとと舟を漕ぎ出した。
 瞬きを繰り返していた目は閉じられたままになり、時折睫がぴくりと掌を撫でる。
 薄く開いた唇からは穏やかな吐息が漏れている。
 身体が弛緩し、羽のようだったからだが少しだけくったりと重くなる。
 腿と触れたシャツの下の身体がぼんやりと熱くなる。
 眠る子供は体温が高い。
 掌をそっと外す。
 瞼はふんわりと閉じられている。
 暗闇と熱を失ったせいかだだっ子のように眉が寄る。
 指先できゅっと伸ばしてやると、余計にむずかる。
 唇から漏れる吐息は熱い。



 俺は膝の上に帝人を乗せたまま、幸福の形を思った。
 俺の、俺のためだけの幸福の形を、人間のかたちをしたしあわせを思った。