完結してない過去の連載
リン
そこは世界中の殺し屋が集まる港町。
町のあちこちには酒場があり、乱闘はしょっちゅうだった。
敵も派閥も関係なく飲み開かし、語り開かし、殴りあえる町。
いつからこんな町ができたのか、何故こんな町があるのか誰も考えたことはなか
った。
…しかし、故郷と身の安全の場のない彼等にとってそこは大切な場所だった。
何故なら暗黙のルールが彼等を守っていたから。
『殺しをしない』。
その町では一切人の血が流れることはなかった。
殴りあいをしようとも。
兵隊や警察だって世界中の危険人物が集まるところに、わざわざ行こうともしな
かった。
第一そこは孤島にあったから、見つけることすら困難だったのだが。
そんなある日彼等はある『ありえない』落し物を拾った。
女の赤ん坊が海から流れてきたのだ。
…一体どうやって?
きっとどこかの馬鹿な殺し屋が子供を作ってしまい、どうすることも出来ずに船
から流したんだろう。
とにもかくにも島にいたんじゃ殺すこともできない。
おまけに赤ん坊は澄んだ青い瞳をした恐ろしく美しい顔のブロンドの女の子だった。
さんざん人を騙し、殺してきた男達が殺すのを躊躇するような無垢さで。
仕方なくさまざな殺し屋のリーダー達が集まって話し合うことになった。
腕は一流だが品のないモリダが最初に口を開いた。
「俺はごめんだぜ。こんなお荷物。」
それは少なからずその場にいる人間全員が思っていたことだった。
「じゃあどうしろって言うんですか?殺そうにも捨てようにも町から出なければならない。仕事の途中でそんな危険なことが出来るわけもないし、誰もわざわざ赤ん坊のために仕事もないのに危険を犯して外に出たくもない。それとも何かいい案があるんですか?」
仕事でしょっちゅう居ない本当のリーダー、リオの代わりに来ていた馬鹿丁寧な言葉遣いの美男子、ローシェが言った。
ローシェは真面目な性格で仕事もきちんとこなすがどうにも思い切りがたりなく殺し屋にはあまりむいていないタイプだった。
そのためか、殺し屋としての勘も思い切りも優れているがよく何かやらかすモリダとは言い争いが絶えなかった。
ひとつよかったのはローシェがモリダの下についていなかったことだ。
もしそんなことになっていたら、問題が尽きなかったにちがいない。
「誰かこの真面目なぼっちゃんの口を黙らせとけよ!ろくな仕事もできねぇくせに口ばっか達者になりやがって」
モリダがぺっと唾をはいた。
「なんですかそれは!僕はいつだって完璧にこなしています!!」
…と、ローシェがモリダに殴りかかろうとしたとき…
バンッ
部屋の扉を蹴破って、やけに背の高い男が入ってきた。
「リオさん!」
無造作に口髭を生やした東洋系の男に向かってローシェが飛びつかんばかりに喜び、叫んだ。
「リオ、珍しいじゃねぇか」
「どこいってたんだ?ったく」
皆口々に声をかける。
そしてその表情からは、いかに「リオ」という男が皆に好かれているかわかる。
モリダもむすっとしながらも、
「よう、リオ。」
と言った。
「どうしたモリダさん。いやに機嫌が悪ぃじゃねぇか」
リオがにやっと笑う。
深く帽子をかぶった下から、黒く澄んだ目がふたつきらりと光る。
その時モリダがはっとして帽子をとった。
そのとたん皆が黙りこくり一点を見つめた。
「リオ…お前ぇ…」
リオの左耳がなかった。
「ちょっと派手にやっちまってよ。」
しかし、むしろ、リオはその事実を喜んでいるようだった。
初めて自分をてこずらせた相手がいることが。
「じゃあ…まさかお前…」
太い葉巻きを吸いながらリオがそのセリフを制した。
「安心しな。俺が仕事を失敗することはねぇよ。でも息子には逃げられた。やつら、上に裏切られたこと大分前から感付いてたらしい。」
皆が思い思いにその耳を見つめた。
いや、耳のあった場所を。
しんとした空気を泣き声が破った。
「なんだそれ」
リオは目を見開いた。
「どっかの馬鹿が赤ん坊を捨てやがったんだよ」
リオは皆が想像もしていないような感想をもった。
(…気味悪ぃな…)
赤ん坊のくせに、この美しさが。
リオはむしろ不気味だった。しかし彼女からほんのりとミルクの香りが漂うと、急におかしくなってきた。
「…こりゃ傑作だな!殺し屋の町に初めて人を殺したことのない奴が住むなんて
!」
その一言で彼女はここに住むことになった。
「名前はどうする?」
内心ほっとした男共が聞く。
「リン」
リオがきっぱりと言った。
皆それを聞くとにやりとした。
「我町『リン』と捨て子の『リン』に敬意をはらって…乾杯!」
男達が杯を上げた。
作品名:完結してない過去の連載 作家名:川口暁