Second declaration
赤井は、加納の目を真正面から見据えて続ける。
「松崎は本気でお前のことが好きなんだよ、加納。俺が言いたいのはそれだけだ」
***
翌日の放課後、加納は彩華を学校の近くの公園に呼び出した。待ち合わせの時間に遅れること三分、彩華はやって来た。午後五時三分。十二月のこの時間ともなれば、遊んでいる子どもはいない。二人を見ているのは、帰り損ねたカラスだけだ。
「どうしたんですか、先輩? 私をこんな所に呼び出して」
心なしか、彩華の表情が固いように思える。
「僕はこれから少し真剣な話をする。聞いてくれたまえ」
もともと固かった彩華の表情が、一段と強張った。
「……はい」
「彩華君、僕は今日、君に告白をしようと思う」
「え?」
ぽかん、としている彩華に、加納はコートのポケットから取り出した小さな包みを手渡した。
「開けてみてくれたまえ」
不思議そうな顔をしながらも、彩華は素直に包みを剥がし始める。
「……あっ」
彩華の小さな掌に転がり落ちてきたのは、一個の指輪だった。
「先輩、これ……」
「貸してごらん」
彩華の手からそっと指輪を取り上げ、右手の小指に嵌めてやる。それは大きすぎもせず、小さすぎもせず、しっくりと定位置に収まった。
「ピンキーリング! あれ、表面に何か彫ってある……。えーと、”The odds that I would meet you in this great big world were 6,000,000,000 to 1”」
「この広い世界で、彩華君、君とめぐり会えたのは、六十億分の一の確率、なのだよ」
「譲先輩……」
「彩華君。この間はすまなかった」
加納は、彩華に向かって深々と頭を下げた。
「いえ、いいんです! そんなこと……」
うろたえる彩華を手で制して、
「君のおかげで、僕がどんなに君の心を蔑ろにしてきたかわかった」
そう。結局何一つわかっていやしなかったのだ。
「普段、愛だのなんだの言っていて情けない限りだが……。許してくれるかい?」
「はい、それはもうとっくに!」
「良かった」
加納は、安堵して目元を緩ませる。そして居住まいを正し、口を開く。
「愛している、彩華君。僕と、付き合ってくれないか」
――束の間の沈黙。
「はい! 喜んで!」
次の瞬間、加納は彩華に抱きつかれていた。
「あ、彩華君?」
無理に引き剥がすこともできず、加納は硬直したまま声をかける。驚いたことに、彩華は泣いていた。どうして泣いているのか、本人にもわからない様子で、必死に涙を止めようとしながら喋るものだから、声が奇妙な具合にひっくり返ったり詰まったりしていた。
「……良かった……。別れようとか言われたらどうしようかと思ってた……。良かった、ほんとに良かった…………」
適度な体重と体温が伝わってくる。しゃくりあげる彩華をどうしたらよいものかわからなかったが、加納は両手をぎこちなくその背中に回した。こうしていれば、顔が赤くなっているのを悟られずに済むと思ったのだった。
どのくらい、そうしていただろうか。ようやく落ち着いた彩華は、ありがとうございました、とだけ言ってそそくさと立ち去った。泣き顔を見られまいとしていたのかもしれない。
取り残された形で、加納は公園のベンチにへたり込んだ。
「これで、良かったんだよな」
一人の時には、ほんの少しだけ、口調が蓮っ葉になる。
「僕は君の強さに惚れたよ、彩華君。僕の頭のキャパシティにはまだまだ空きがある。これからどんどん君で埋め尽くしていこうじゃないか」
加納はそう呟いて立ち上がり、ひゅう、と口笛を吹いた。
「そういえば、もうすぐクリスマスじゃないか。さて、一体何をしよう。楽しみだな」
加納譲はまだ気づいていない。
十二月二十五日の自分の誕生日が迫っていることに。そして彩華がそれをどう祝おうか、随分前から頭を巡らせていることに。
END.
作品名:Second declaration 作家名:スカイグレイ