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花少女

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「それにしても、妹と仲良くしてくれていたのなら、話しかけてくれても良かったのに」
「それは……先生が小夜子さんのお兄さんだとは知っていましたが、その」
 少年は俯いたまま、浮かない顔をしてお茶を飲んだ。私も、少年を困らせるつもりなどなかったため、すぐに話題を逸らした。
「まあそれはそうと、妹とは同じ学級だったのかい」
「ええ、そうです。一年のときに」
 短く答えて、少年はまた視線を落とした。どうやら私は、この子供に好かれてはいないらしい。元からそう人に好かれる種類の人間ではないと自覚してはいたが、それにしても、青島月路の態度はどうも解せなかった。そわそわしていると言うのか、心ここにあらずと言うのか……ああ、そうか。
「そうか、君と妹の会話を私が中断させてしまったから、そんなに落ち着きがないんだね」
 少年は一瞬驚いたように私を見上げ、その澄んだ瞳をしばたかせた。どうにも、大人びた相貌の子供である。妹と似ているものが感じられる――どこか達観した風な、世の中から自分を隔離したような。そういう、思春期の子供に時折見られる、儚い一時期の表情を、彼も持っていた。それは、もうそういった時期を通り過ぎてしまった私のような人間には、どうも眩しすぎた。
「いいえ、そんなことはないです」
 少年は慌てて否定したが、私は一人で肯いて、少年を宥めた。
「まあまあ。じゃあそろそろ、妹のところに行ってくると良い。あいつも、同じ年の子と二人っきりで話したいこともあるだろうし」
「あ、えっと……」
 青島月路は浮かしかけた腰を戻して、私を見つめた。どうにも、この年の子供に見つめられると、無言の中に非難を浴びせられているような心持がして落ち着かない。妹は別として。
「なんだい」
 私の問いかけに、少年は軽く深呼吸をするように言った。
「小夜子さんは、神崎先生がいたほうが、僕と話すよりもきっと喜ぶと思います。だから、一緒に行きませんか」
 少年の顔は、先ほどよりも更に、落ち込んだような半笑いのような、妙に自信があるような、そういう理解に難い表情をたたえていた。特に私が引っかかったのは、『神崎先生が』という言葉だった。話の流れから言って、『神崎先生も』、となるのが正しいように思うのだが、それは私の言語能力の拙さからくる間違いであろうか。
「でも、君だって僕なんかがいたら話しづらいだろう。君たちの世代でしか通用しない言語だってあるのだろうし」
 私がこのように言うのには、ある実体験が背景にあった。それというのも以前、学校で生徒達が私の机の周りにたむろしていた時に、その生徒たちの使う言葉が、あまりにも耳慣れない、外国語と日本語の中間に位置するような不可思議極まりないものだったということがあったためだ。それを私が指摘すると、その生徒たち――無論女生徒ばかりであった――はくすくすと笑い、先生時代遅れよ、まだそんなに若いのに、とさも可笑しそうに言った。私にはこういう体験があったので、また恥をかきたくはないという思いも、少しばかりあったことを否定出来ない。
 しかし、青島月路はかぶりを振って、そんなことはありません、と静かに言う。確かに私にも、彼と妹が近頃俄かに流行しだした若者言葉を多用して会話している光景を想像することはできなかった。それでも同年齢の二人の間に私のような人間が入るのは無粋なような気がする、となおも渋る私に、少年は無理に笑って見せた。無理に、というのは私にそう見えたというだけであって、彼にはそういうつもりはなかったかもしれないが。
「小夜子さんは、僕が見舞いに行っても、神崎先生のことばっかり話題にするんですよ。そこに本物の先生がいらっしゃったら、小夜子さんの話が進むのも道理でしょう」
「……そういうものかい」
 私は首をかしげ、それでいいなら、と、コップの中の水を一息に飲み干した。コップを片付けている間、また背後に、青島月路の視線を感じた。
作品名:花少女 作家名:tei