花少女
「この間、兄さんにも聞かれたの。まだ神崎の奴と結婚しないのか、と」
「正二が」
「ええ」
その場面をありありと思い浮かべることが出来、私は場違いにも笑みを漏らした。宮子は怪訝そうに眉をひそめたが、追求はしなかった。ただ、静かに私の言葉を待っている。こういうところは男がしっかりすべきだという、彼女らしい考え方だった。しかし、私としても言うことなど一つも思い浮かばない。いつかこういう話をしなくてはいけなくなるのだろうと心のどこかで構えてはいたが、いざその場面になると、何をどう話せば良いか、分からない。
こういう時正二だったら、と、考える。あの、明朗快活な村沢正二だったら、どうするか。
「神崎さん」
不意に、宮子が言った。
「あのね、兄さんのことは、いちいち気にしなくてよろしいのよ」
考えていたことを見抜かれていたのかと、私はびくりと反応した。しかし宮子は、穏やかな調子で言葉を続ける。
「私が兄さんに、まだ神崎さんと結婚しないのかと聞かれても、それは今すぐ結婚しろといわれているのではないわ。ただ、私が知りたいのは、」
そこで、宮子はまっすぐな瞳で私を見つめた。
「貴方に、私と結婚してくださる気があるのかどうかということよ」
その言葉は、先ほどまでの彼女のどんな言葉よりも、まっすぐに胸に入ってきた。彼女の真摯な姿勢と思いが、私の中にすうっと溶け込んで行くようだった。それは爽快であり、重苦しくもあり、また何者でもなかった。ただ、彼女はどこまでも真剣に、どこまでもまっすぐに、私と自分との未来について考えていたのだった。
私にはこういう時、正二と宮子の姿が重なって見える。彼らがやはり血の繋がった兄妹であるということを、実感する。
宮子は相変わらず私を見つめながら、そのひたむきな視線を私に注ぎながら、彼女自身の道を必死で模索していた。私と生きて行く道が、自分にあるのかどうか、必死で探っていた。そしてきっと彼女は、その道が自分にないと分かれば、瞬時に頭を切り替えて、即座に違う道を歩み始めるのだ。私とともに生きる道があったなどと、感傷に浸る暇もなく。彼女は、懸命に生きていくのに違いない。
そういう宮子は、私とはやはり全く異質であるように思えた。私はただぼんやりと、来る日来る日をやり過ごすように、特に何かを強く思うでもなく、流れに任せて生きているだけだ。彼女が山なら、私は川だ。彼女が太陽なら、私は月だ。
あまりにもかけ離れている存在でありながら、それでもやはり、彼女は私にとって、ある特別な位置を占めていた。そのことに、今更ながらようやっと、気づいたのだった。
「……宮子さん」
私は、黙ったままでいたせいで掠れかけた声で、宮子を呼んだ。宮子は、息を呑むとか緊張した様子は見せないで、ただじっと、私の言葉を待っていた。それで、私はようやく決心をつけて、口を開いたのだった。
「僕は、いつか貴方と結婚したいと思っています」
宮子はじいっと私を見つめていた瞳をついと下に伏せ、わずかに息を漏らした。そして、顔を上げ、静かに微笑んだ。