花少女
5
それからしばらくして、宮子と会う機会があった。私は、宮子が妹の見舞いに来たことに礼を言い、宮子は、私の言葉にただ頷いた。私は宮子の見舞いの真意を知りたく思ったからそういう話題に触れたのだが、宮子自身はあまり興味がなさそうである。静かなレストランで、二人きりの食事の際に、そういった建設的でない話をされても、といった雰囲気が彼女から発せられていた。しかし私は、あくまで食下がった。何故それほどまでこの話題にこだわるのかと問われれば、私にもはっきりした答えは見出せないだろう。いつもの宮子と同じ調子で「分かりません」と答える他はない。
私は早めに前菜を切り上げて、まだサラダに口をつけている宮子に向かって問うた。
「随分しつこいと思うかもしれないけれど、妹の見舞いには、どうして一人で行ったのだい。妹とは、貴方の兄さんを介してしか、面識は無いはずだのに」
宮子は表情を変えず、それでも確かに感情に変化はあったようで、サラダを突くフォークを下に置いてから、ちょっと考えているようだった。私はじっと、宮子が口を開くのを待ちながら、彼女の答えをある程度予想した。宮子は思ったとおり、いつもと変わらない口調で「分からないわ」と答えた。
「そう……、」
私は後に続けるべき言葉を捜した。一体彼女に何と言えば、私の聞きたいことを確実に聞くことが出来るだろう。
「神崎さん」
と、宮子は先手を取った。私は半ば驚き、半ばほっとしながら、宮子の顔を見る。
「なんだい」
「私、ただ、小夜子さんの顔が見たかっただけよ。元気そうにしているのを、見たかっただけ」
「それで、一人で?」
「ええ。だって、私の都合に兄さんを付き合わせるのは気が引けるもの」
宮子はもうサラダに手をつける気がなくなったらしく、近づいてきたボーイに皿を任せてしまった。私と宮子の前に、新たな皿が並べられる。その間私たちは黙って料理の上に視線を走らせていたが、やがてどちらともなく、食事を再開した。
「でも、小夜子さん、益々お綺麗になったわね。病気だということもあるのでしょうけど、色の白さといったら、人形かと思ったほどよ」
と、宮子が羊肉を口に運びながら言う。私はそう、と頷いて、宮子の次なる言葉を待つ。しかし彼女は、今度はなかなか言葉を発しなかった。私たちは、時折談笑が聞こえる穏やかな店内で、黙々と嚥下を繰り返し、時間を過ごす。ここにいる人たちに、私と宮子はどういう関係の人間同士に見えているのだろう、とぼんやり考えた。
「妹と、どういう話をしたの」
口を突いて出たのは、そんな言葉だった。聞こうなどと考えてもいなかったのに、ずっと頭の隅に引っかかっていたことが、ふと口から漏れたのだ。しまった、と思い、口を閉じたがもう遅い。一度声になってしまった言葉は、体内に引き寄せることなど出来ない。
嫌な汗をかきながら宮子を見たが、先ほどとさほど変わらない表情をしていた。鬼門ではなかったようだ。ほっとしながら、彼女の返事を待つ。
「小夜子さんとのお話の内容……」
宮子は少し首をかしげた。視線は、私にとどまること無しに、様々な方角をうろうろとさ迷った。その様子は、記憶を辿っているようにも見えたが、何も考えていないようにも見えた。彼女が何かを考える際、どういう思考を辿るのか、私には一向分からない。
「そうね。大した事は喋らなかったわ、確か」
宮子はいつもどおり、確信を持った態度で言った。
「小夜子さんが、桜が咲きそうだと言ったから、私がそれに肯いて……、それからどうしたかしら。ああ、そうだわ」
宮子は、無意識でしたのだろうが、口元に手を添えて、静かに続けた。
「小夜子さんに怒られてしまったのだわ」
「え、あいつに?」
私は仰天して、宮子を凝視した。あの穏やかな小夜子が年上の宮子に怒るなど。宮子は私の反応に少し驚いたように眼を大きくしたが、やがてくすくすと笑い始めた。相変わらず形の良い、手入れされた指先で口元を覆ったまま。
「ふふ、怒られたといっても、私が怒鳴られたりしたわけじゃないわ。ただ、あのね。あそこの机に置いてあった林檎を、小夜子さんじゃ上手く剥けないかしらと思って、切ってあげようとしたら……」
宮子は、こらえ切れないといったようにくすくすと笑い続けながら、私の顔を見た。
「小夜子さん、慌てたように私を止めて。これはお兄様が下さった特別なものだから、どうか切らないでくれ、って真剣になって頼むのよ。私、驚いてしまって。林檎は結局切らなかったわ。私がナイフを置くと、小夜子さん、見ていて分かるほどにほっとした様子で。……ふふふ、林檎を食べずに放っておくなんて、小夜子さん、相変わらず面白い子ね」
「…………」
それだけのことか、と私は息を吐いた。それと同時に、妹が、私が買ってやったと言うだけでそこまで大事に林檎を守ったということに、驚いてもいた。宮子もそのとき驚いたろうが、今の私の驚きはそのときの宮子にも勝っているに違いない。
妹は、宮子の訪問のすぐ後に見舞いに行った私に、そんなことは一言も言わなかった。私から貰った林檎を大事に机上に載せ、微笑んでいた妹が、急にいじらしく思えてきた。