不味いタバコ
ある日を境に、姉は全くタバコを吸わなくなった。
「値上がりするって聞いたら、急に不味くなったから」
理由を聞いたらそんなことを言っていた。だけど私はちゃんとした理由があることを知っていた。
「四年なら多少サボっても、教授も大目に見てくれるから大丈夫だよ。だからちゃんと卒業しなね」
「うん。分かったありがと」
「じゃあね。戸締まりと火の元だけは絶対に忘れないようにね」
「分かってる。ばいばい」
背を向けて左手を振りながら、姉は改札を抜けていった。薬指の根本が、駅の明かりを反射して僅かに光った。
それから私は無事に大学を卒業し、そのままとある会社に就職した。
「奈津美ってさ、何がきっかけでタバコを吸い始めたの?」
「憧れの人が、幸せになった時から」
首を傾げる彼の横で、私は東京タワーを白い煙で覆った。
口の中に、不味くなったセブンスターの味が広がった。