恋の掟は冬の空
病院で デートの始まり
6時になっても、まだ直美は現れなかった。
ま、5時までバイトで着替えて経堂から新宿で、それから駅前のデパートに寄ったら、6時は無理かなぁって思ってたいた。
「来たよー。遅くなっちゃったー ごめんねぇー」
直美が元気な声でやってきたのは、6時10分過ぎだった。
「デパートで北海道物産展やっててさ、そっちのお弁当を買いにいったら、すごく込んでて、それに目移りしちゃって・・」
うれしそうに笑っていた。
「でね、いっぱい買ってきちゃった」
広げた手提げ袋からお弁当をだすと、違う種類が3個とお惣菜が2個だった。
「少しづつ 分けて食べようね・・」
言いながらもうお弁当の蓋をはずしていた。
蟹の乗ったお弁当に、イクラとウニのお弁当に、それから1個は中華風のお弁当だった。
「ここで、食べる、それともロビーにいく?」
「どっちでもいいけど・・じゃぁ ロビー行こうか・・」
もう夕方になっていたから、少しは面会者も減ってるだろうって思っていた。
「じゃ、車椅子押してあげるね・・あっー、杖ある・・」
「昨日言ったじゃん。今日からこれね。えっとお弁当は、直美が持ってよ」
言いながら杖で立ち上がった。
「大丈夫なの・・ちゃんと歩けるのぉー」
「ほら、けっこう うまいでしょ・・」
もう一度袋に入れなおしたお弁当を持った直美の後ろをロビーに向かって歩いていた。
「お、彼女今日も来てたか・・」
ナース室の前で、佐伯主任に声をかけられていた。今日は準夜勤明けの日勤らしかったけど残業になっているらしかった。
「昨日はすいませんでした。ありがとうございました」
直美が頭を下げていた。
「うんとね、お礼言わなくていいよぉ。主任ねぇ おしゃべりなんだもん・・」
なにって 顔で直美に見られていた。
「えっ なに・・」
佐伯ナースもこっちを見ていた。
「だって 高校生の夕子に朝、なんか言ったでしょ・・」
「えーっと、昨日の夜遅くに、柏倉くんの彼女が来てたよって言ったかなぁ・・」
ごまかされそうだった。
「ふーん。あのう エレベーター前で3分もキスしてたって言ったでしょ。聞きましたよ・・」
「えー。そんな事言ってないってば・・おやすみのキスはしてたって言ったかも・・」
「ま、いいですけど、昨日はなにわともあれ、主任のおかげで病棟デートでしたから・・ありがとうございました。でも、内緒にしてあげるねーって、昨日自分から言ってたのは主任ですから・・」
直美はおもしろそうに、ずっと話を聞いていた。
「はぃはぃ。わかりました。では今日もデートしてってください。消毒くさいだけで、なにもないつまらないところですが・・」
直美に向かってけっこうな笑顔だった。
「ではそうさせて 頂きます」
言い終えて頭を二人で下げて、ロビーに向かうことにした。
ロビーはさすがに土曜日だったから、まだこの時間でも、満席ではなかったけれど、そこそこ席は埋まっていた。
「あそこで、いいよねぇ」
ちょうど、運よく窓際のところに席があいていた。
「うん。夜だから何も見えないかもしれないけど、外眺めるの好きだから、よかったね」
直美は、空を眺めたりするのが大好きな子だった。くっきり澄んだ青空が1番のお気に入りだった。
「私、お茶を入れてくるから、先に座っててよ、劉」
言われたので、先にそこに向かっていた。さすがに松葉杖をついていると、みんなが気を使って座ってる人は椅子を引いて通路を開けてくれて、けっこう楽にそこまでたどりつけていた。
椅子に座り直して、5階の窓から外を眺めると、近くの西新宿のビル群だった。まだ、たくさんの電気がビルの中に灯っていた。
「はぃ お茶ね・・」
トレイに乗せて直美が日本茶を持ってきた。
「ちょっと テーブルも拭くね・・」
そんなに 汚れてはいなかったけど綺麗にテーブルを拭き始めていた。
「さ、じゃぁ 食べよっか・・えっと、全部並べちゃうから、好きなの食べて・・」
けっこう 豪華に並んでいた。
小さいお皿も病室から一緒に持ってきたようだった。
「うん。ありがとね。いただきます」
直美も声を一緒に出していた。
「うわぁー おいしいねー」
直美もお腹がペコペコらしかった。
「うん。おいしいね」
殺風景で、周りに人も多かったけど、とってもうれしかった。
「もっと前から、夕方に来れる時は こうやってお弁当一緒に食べればよかったぁ・・なんで 気がつかなかったんだろ・・損しちゃった・・」
「えっとね、今年中に退院できそうだよ」
まだ、確定じゃなかったけど、うれしくて報告していた。
「ほんとぉ、良かったぁ。いっしょにお正月だねぇ。ちょっと今日はいい日かも・・ご飯おいしぃー」
ほんとに、うれしそうな顔でご飯をほおばっていた。
「着替えも今日、持ってきたからね。あとでね・・もう換えがないでしょ・・」
確かに、明日でたぶん切れそうだった。
「あー 明日はね、直美が手作りお弁当作ってくるね。何がいいかなぁ・・」
「うーん。任せるよ。そっちのが楽しみあっていいや・・」
「うん。じゃぁ・・また明日も一緒に食事だね」
大学に入った頃はちょっとバカにしてたけど、直美は料理がけっこう上手だった。こっちに来て、気がついたことだった。
「ねぇ さっきの話だけど・・3分って・・キスしてた時間のことだよね・・」
「そうそう、高校生の夕子がそう聞いたんだったさ、主任から・・昨日の晩のエレベーターまえの話ね・・だからね、本当は2秒ぐらいのオヤスミのキスだよって訂正しておいた」
「ふーん。そっかぁ・・」
小さく直美はうなづいていた。
「ねぇねぇ・・」
顔を近づけてきてきていた。
「なに・・」
俺も少し顔を直美に近づけていた。
「今日はね、劉ね、3分してもいいよ・・」
恥ずかしそうだったけど、すんごい笑顔だった。