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恋の掟は冬の空

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子供のようで


「だって、三日月はあっちなんだもん」
「こっちに曲がって、それから左に向かえば三日月が正面になるんだってば・・」
お互い冗談なのはわかってたけど言い合って遊んでいた。遊んでるような時間じゃなかったけど。
「ね、劉も自転車にのってみる・・」
うれしそうに自転車にまたがって、地面に足先をつけて進んでいた直美が振り返りながらだった。
「うーん。転んだらなぁ」
「大丈夫なんじゃない、右足だけ地面につければいけそうだけど、劉なら・・」
「それは、そうなんだけど・・なんかあって左足をついて倒れたらなぁ」
「こっち側に私がいてあげるから、倒れそうになったら支えてあげるね」
たぶんいけそうな気はしていた。
「はぃ、ちょっと乗ってみてよ、少しでいいから」
降りた自転車を右手で押さえて、左手は俺の松葉杖に手をかけていた。
「またぐまでは少しだけ自転車押さえといてね」
右手を自転車のハンドルにかけて、松葉杖を直美に手渡しながら、サドルをまたいで、腰をなんとか下ろす事が出来た。
さすがに、またぐ時にはふらついていたし、緊張していた。
「どう、いけそう・・」
「こんな、感じかな」
サドルは少し直美に合わせて下げてあったから、自転車をきちんとまっすぐに立てても右足の足の裏は地面にしっかりとついていた。
「手を離しても平気かなぁ・・だいじょうぶかなぁ・・」
乗るようにすすめたくせに、直美は心配顔で俺を覗き込みながらだった。
「うん、いいよ。これって楽かも」
「ほんと、ほんとに離すよ・・」
「うん、ほら・・・」
ゆっくり直美の手が離れたのを見て、右足で地面をけっていた。
2、3度蹴ると、あっという間に赤い自転車は、前に勢い良く進んでいた。自分でも少しあわてるぐらいだった。
「やだー そんなに進まないでよぉー もぅ・・危ないってばぁー」
「ごめんごめん、思ったより進んじゃったのよ」
小走りで追いかけてきた直美に謝っていた。
「もぉー 転んだらどうするのよぉー」
「乗ってみたらって言ったのは直美でしょ・・」
「またぐだけだってば、こんなに前に進まなくたっていいんだから、劉が乗ってるところを見たかっただけなのに・・」
街灯の明かりの中に、少しだけ怒っていた直美の顔が浮かんでいた。
「もうー 子供みたいなんだから」
「わかったってば・・降りるからさ、あの電柱のとこまではいいかな・・たぶん、電柱に手をつくと、降り易そうだし」
「いいけど、ゆっくりね」
電柱までは5mぐらいだったけど、心配そうな直美の手はずっと俺の腰のあたりに置かれていた。

「明るい緑色とか黄色とか、オレンジ色ににしようかぁ・・劉の自転車は」
自転車を降りて直美に返すと安心したのか、うれしそうな顔で聞かれていた。
「えっ 紺色とか銀色とかがいいなぁ、俺」
「だめだったば、今ね、劉が乗ってるの見たんだけど、その赤い自転車と一緒に並んで走るんだから、鮮やかな色のほうが絶対がいいよー」
「そうかなぁ・・」
「うん、明るい色に、決まりね」
「えっー、もう、勝手だなぁ・・いいや、自分1人でで買ってこようっと」
「だめだってば 一緒にいくんだもん。明日病院に帰る時に一緒に見に行こうね、ね、劉」
「わかったってば・・」
「うーん 自転車がじゃまで、腕組めないなぁ。ちゃんと手を握ってね」
なんだか、2人っきりになってから、いつもより少しだけ甘えんぼうの、わがままな直美のようだった。
「あ、あそこっってもう豪徳寺の駅だよね」
指差したちょっと高い方向には高架の小田急線の明かりだった。
「うん、半分過ぎたから頑張ってね、寒いけど・・」
「寒いけど、ぜんぜん平気、なんだか楽しいね、夜のお散歩も・・」
「楽しいけど、さすがにお腹へっちゃったから、少し頑張って早く歩くわ」
「私も、お腹すこしすいてきちゃった。後ろに荷台でもあれば 劉を乗せて、飛ばして帰っちゃうんだけどなぁ」
黙って首を大きく横に振っていた。
笑いながら指で顔をつつかれていた。

「みんなお店で買ってきたものばっかりだけど、食べ物あるからね」
「うん、ありがとう12時少し前に家に着きそうだね。真っ直ぐ三日月の方向になったし・・」
ここからマンションまでは、ほとんど真っ直ぐの道だったから、そのとおりだった。
「あ、ケーキ屋さんのえっちゃんだ・・」
「ほんとだ・・」
こんな遅い時間なのにお店のシャッターを閉めているらしかった。
「こんばんわ。やっとお店閉めるんですか」
「あら、こんばんわ。遅いのね。今、やっとクリスマスケーキを取りにこれたお客さんいたから、あ、一緒なんだ」
直美と俺を見て、いつもの気さくな笑顔だった。
「もう食べてもらえたのかしら、それともこれからなの・・」
「えっ・・」
えっちゃんに聞かれて直美は不思議そうな顔で声を出していた。
あわてて説明を始めていた。
「えっとね、昼間に予約で完売になってたクリスマスケーキを1つわけてもらったんだ。それも、俺、手に持てないから弟さんに家まで配達までしてもらったんだ」
「えー、そうなんですかー ありがとうございました。えっちゃんところのケーキ大好きだから、食べたかったんだけど今年はあきらめてたのに。ありがとうございます。すごくうれしいです。お店に貼ってあったクリスマスケーキの予約の写真を何回もみてたんだもん」
「こっちこそ、食べてもらわないとね、いつものお客さまには特に・・」
「ありがとうございました。遅くなっちゃったけど、これから戻っていただきます」
頭を下げると直美も自転車を押さえながら一緒に頭を下げていた。
「やだー そんなに頭下げないでよ。こっちこそなんだから。気をつけて帰ってね、なんかすごい自転車だね、それ」
「さっき、もらっちゃったんです」
「それで リボンついてるんだ。なるほどねー」
言われながらこっちを見てたから、恥ずかしかった。
「じゃあ、帰ります」
「おやすみなさい」
2人で頭をもう1度さげてお店をあとにした。

「ほんとに。ケーキあるの、ねぇ・・」
「あるよー、1番小さいのだけどね」
「もぉー すごーく うれしい。早く帰ろう」
握られた右手を引っ張られていた。
やっぱり、なんだか、甘えん坊だった。


作品名:恋の掟は冬の空 作家名:森脇劉生