恋の掟は冬の空
聖堂内
「いやー あんさん退院しましたんかぁ よろしかったわ」
相変わらずの妙な関西弁の大きな声で、目の前のステファン神父は巨漢を揺らしていた。
「こんばんわ、退院は日曜なんですけど、今日は特別に出てきました」
「こんばんわステファンさん、お久しぶりです。遊びに来ちゃいました」
直美もそろって頭を下げていた。
「あいかわらず 仲いいでんな、あんたら。ええこっちゃ。でも直美さん遊びやのーて、お祝いとお祈りに来てくれはりましたんか」
「あ、すいません。お祈りもきちんとしましたから・・」
「ま、ええがな、遊んでいきやぁ、あっちの部屋に食べものもあるよって、ゆっくりしていきや。こっちのお方は友達でっかぁ・・」
横にいた大場と夏樹のことだった。
「あっ 始めまして、おじゃましてます」
大場があわてて返事をしていた。横で夏樹も一緒に頭を下げていた。
いきなり、巨漢の外人に妙な関西弁で話しかけられて、びっくりしているはずだった。
「いえいえ、ゆっくりしていきなはれ、ま、この子、やんちゃやけど、なかなかいい男ですよって、仲ようしたってな」
この子ってのは、どうやら俺の事のようだった。いまだに子供扱いだった。
言い終わると、若い神父さんに呼ばれて巨漢を揺らして、いそがしそうにステファン神父は歩き出していた。
「なんか変なおっちゃんだったんだけど、偉い神父さんなんだよね・・」
やっぱり、大場に聞かれていた。
「うん。司祭だからね。ここで1番偉い人だね。日本のカトリック教会の神父さんの中でもきっと何本かの指には入るんだと思うんだけど・・俺が子供のころからあんな人だからなぁ・・変な関西弁も昔からだしなぁ。でも肩こらなくていい人よ。厳しいときは厳しい人なんだけどね」
「ちょっと びっくりしたわ、外人さんの関西弁は・・」
大場はいつもの大きな声に戻っていた。
歳はとってさらに太って偉くもなったのだろうけど、ステファン神父は気さくで、子供のころから何も変わっていなかった。
小さい時にこの教会の中の木に登って落ちてケガして泣いたときは、すごく怒られて、木に登った事を怒られてるのかと思って謝ったら、「男の子がこのぐらいの木から落ちて恥ずかしくないんですか、それも大声で泣いて」って言われて怒られていた。そんな人だった。
「直美も知り合いなんだね・・あの大きな神父さんと・・」
夏樹が直美にだった。
「うん、たまに隣の叔母さんの家に来た帰りに寄るしね。ここで、椅子に座ってゆっくりするの好きだし。それに最初に会った時にステファン神父さんの前で、ここでで劉と誓っちゃたし・・」
「なに、それ、誓っちゃったって・・なんなの・・」
「うーん。内緒。それは言わない」
思い出してうれしそうな直美に不思議そうな夏樹だった。
「ちょっと 叔母さんのとこに挨拶してくるから待ってて」
叔母さんはまだ、忙しそうに信者さんの間で話をしているようだった。
「私も、いくね」
直美に軽く腕を握られていた。
「うんじゃー 俺らは、なんかあっちの部屋のぞいてみるわ」
大場は隣の部屋を見に行くようだった。たぶん料理が並んでいるはずだった。子供の時にミサの後においしい料理とお菓子を食べた記憶がかすかにあった。
「後で俺らもいくから待ってて」
歩き出していた大場と夏樹に声をかけながら叔母のところに歩いていた。
「あらぁー、どうしたのー 直美ちゃんまで」
びっくりしていたけど元気な叔母の声だった。
「外泊許可もらって、さっき友達の車で来ちゃいました」
「聖子叔母さん、お久しぶりです、こんばんわ。とっても綺麗で素敵でした」
直美はバイトと俺の病院と学校との生活だったから叔母さんとはすれ違いで久々のようだった。
「元気そうね、直美ちゃんも、今日もバイトだったの・・忙しかったでしょ、今日はあのお店・・」
「はぃ。もうずーっとお客様で・・声がかれそうでした」
「たいへんね えらいわねぇ」
二人とも笑顔で話していた。
「向こうのお部屋にお料理あるから、食べていってね、お腹すいてるんじゃないの、二人とも・・」
「はぃ、あとで、少しご馳走になります。叔父さんはどこいっちゃいましたか・・さっき見かけたんだけど・・」
さっきまで見かていた叔父の姿が見当たらなくなっていた。
「明日の朝、どうしても大阪で早い仕事らしくて、さっきまではミサだからっていたんだけど、今車で大阪まで出かけちゃったのよ」
相変わらず忙しそうな叔父らしかった。
「そうですか、さっき見かけた時に挨拶すればよかったなぁ」
「いいのよ。相変わらず元気にしてるから」
笑顔だった。
「あっ 叔母さん忙しいでしょうから、向こうでご馳走になったら帰りますから・・・」
叔母はこの教会の信者さんたちのお世話もしていたから、まだまだ遅くまでいろんなことをするはずだった。
「ごめんなさいね。今夜はこれからまだ、いろいろあるから・・」
「いえ、行ってください」
叔母の後ろには話が終わるのを待っている信者さんが、さっきから二人も立っていた。
「あっ、ちょっといい、劉ちゃん」
手招きされていた。
「なんですか・・」
「家の廊下に置いてあるから・・今夜持って帰るのかしら・・」
耳元で、預かってもらっている直美へのプレゼントのことだった。手には叔母の家の鍵を渡されていた。
「うーん。でも今夜はいいですよ・・退院の日でもいいですから」
「だめよー 持って帰れなくても見せてあげなさいよ。せっかく来たんだから、今夜のほうがいいに決まってるじゃないの」
プレゼントしたかったけど、時間も遅かったし、ほんとに退院の日でいいかなって思っていた。
「家の電気はついてるからね、そのままにしておいていいからね。じゃあ ごめんなさいね。直美ちゃんゆっくりしてってね」
少し離れていた直美に声をかけて、俺の手の中に無理やり鍵を押し込むと、叔母さんは信者さんと、もう打ち合わせを始めだしていた。
「なに、言われたの劉・・」
「ちょっと、叔母さんの家に行こうか・・」
渡された鍵を見せながらだった。
「うん。いいけどぉ 夏樹達はどうするのぉ」
少し不思議そうな顔だった
「先に帰ってもらおうか、駐車禁止に車とめちゃったし、俺らはまだ、世田谷線で帰れば帰れるし・・」
「うん、そうしようか、せっかくのイブだもんね、じゃましちゃいけないよね。言わなかったけど夏樹のネックレスって大場君のプレゼントなんでしょ・・」
「そうらしいよ。直美のが綺麗だって夏樹がよく言ってたら、大場が買ってきたらしい。それでバイトなんか始めたらしいよ」
「私のってこれ?」
セーターの中から叔母からもらった小さな宝石が飾られたロザリオを取り出していた。
「そう、それ」
「そうなんだぁ、今日も結局デートしてたんだね、あの二人仲いいんだもん、ほんとは」
「夕飯、一緒に夏樹の家で食べてたみたいだよ」
「そうかぁー じゃあ やっぱり先に帰ってもらおうよ。これ以上つき合わせたら悪いもん。言ってくるから、ここで劉はまってて」
直美は笑顔を見せて歩き出していた。
俺は、なんだか予定外の事がおきて、ちょっとドキドキし始めていた。
鍵を握った手が汗ばみそうだった。