恋の掟は冬の空
聞いてなくて
「こんにちわー お邪魔します」
声と一緒に受験生夕子が今日も病室に遊びに来たようだった。
時間はもう5時を少し回ったところだった。
「休憩じかんだねー」
ベッドに座ってちょうど夕子から借りていたマンガを読み終えたところだった。
「はぃ。これからお友達とです」
びっくりしていた。いつものように病室の入り口に何気なく目をやると、背の大きな男の子が立っていた。 女の子にまざって男の子が何人かお見舞いに来ていたのは数回見かけたことはあったけど、男のが1人って初めてだった。
「ロビーにいくんだ・・」
「そこまでしか、車椅子だし・・」
「うーんとね、夕子ちゃん、たまには1回のカフェルールームとかもいいよー あそこ車椅子でも大丈夫らしいよ。パフェとかおいしそうに見えた」
「えっ、そうなんですかぁ 入ったことないなぁ。行ってみようかぁ・・」
「あの子がいるから大丈夫じゃないか。押してももらえるし・・気分転換になっていいかもよ」
「では、行ってみようかなぁ 健司君に聞いてみよう・・恥ずかしくないかなぁ車椅子を押しながらそんなところまで・・」
彼の名前らしかった。
「あ、あの子、たぶんきちんと連れってくれそうだけど・・」
「えっ なんでですかぁ・・」
「さっき 目があったら きちんと頭下げながら こんにちわ って俺に口が動いてた。俺、そんな奴、好きかもよ。男の子で男に対してきちんとする奴はけっこう高感度高いのよ、俺のなかではだけど・・勝手な考えだけどね」
「へー いい人に見えますか、健司くんって」
恥ずかしそうに聞かれていた。
「待たせるとだよ、行ってきなよ」
「はぃ 失礼しました。あっ 休憩です、報告です」
「はぃ 受験生の休憩時間だね 行ってらっしゃい」
「またー 受験生って 言うんだからぁ・・」
わざと ふくれっつらの笑顔だった。
たぶん入り口に立っていた男の子が、夕子が、ひそかに好きな子のような気がしてた。
まったくの思い違いかもしれなかったけれど、あの男の子が好きな子ってのも夕子なんじゃないかなぁ・・ってそんな気もしていた。
夕子を応援したくて1階のカフェルームなんかを勧めた自分が少しおかしかった。
「あーっあ、 なんだ彼氏いるんじゃないですか・・」
浩君が、残念って顔だった。
「たぶん まだ彼じゃないとは思うけど夕子が好きな人には間違いなかも・・」
「かっこよかったですよ なんか・・俺見ちゃったから。それと夕子ちゃんもなんかいつもと違った感じだったもんなぁー」
「おっ、なかなか見てるねぇ」
「もっと見てますよぉ 手になんか持ってたでしょ。あの人・・あれってたぶんクリスマスプレゼントだと思うんだけど」
俺も気づいていたことだった。
「たぶん 正解」
「いいなぁ・・明日はクリスマスイブだもんなぁ。柏倉さんは明日は外泊ですかぁ・・みんな許可もらっていいなぁ・・俺はダメって言われたから」
「それって なに?」
「それってって 外泊許可のことですけど・・」
「だから、それって誰にもらうのよ」
「担当医ですってば・・あれー 知らなかったんですかぁ。聞いてないんだぁ。柏倉さんはもう松葉杖で歩けるから、許可なんかあっさりでるんじゃないんですかぁ・・もらってないんだぁ」
ぜんぜん知らなかった。
「それって 間に合うかなぁ 今からでも・・」
「どうなんだろう。山崎先生早くつかまえてお願いしないとですよ」
「それって 明日でかけてって、明後日に帰ってくればいいんだよね」
「たぶん1泊だけだと思うからそうなんじゃないですかぁ」
「俺、ナース室にとりあえず行ってくるわ ありがとね、全然気づかなかった。間に合うかどうか言ってみるわ」
言いながらもう、廊下に向かっていた。
「一緒に ここでクリスマスもいいですよー」
背中に3人の高校生の声だった。
「えーっと寧々さん、主任か婦長さんはいらっしゃいませんか」
「なんなの、めずらしくあわててるみたいだけど・・婦長はいま会議なんだけど・・佐伯主任は今、帰っちゃったし・・私じゃ無理なのかしら」
準夜勤の責任者は。婦長らしかった。
「えーっと、明日の外泊って今からお願いしても無理なんですか」
「やっぱりかぁ さっき明日の外泊許可の書類見てたんだけど柏倉君の名前なかったから不思議だったんだよねー」
「全然 気がつかなくって・・どうしちゃったんだか 自分でも・・」
少し笑われていた。
「でも、外泊許可だすのは私たちじゃなくて先生なんだよねー 山崎先生が担当医だよね。さっきまでいたから探してあげるね」
「すいません。お願いします」
「めずらしく、あせってるでしょ柏倉くん。そうだよねー クリスマスだもんね。直美ちゃんとイブは一緒がいいよねー」
「ほんとにすいませんけど お願いします」
「まかせといてよ。病室で待ってていいよ」
なぜだか 握り拳なんか見せながらだった。
病室で待ってていいよって 言われたけど喉がかわいてロビーの自販機でコーラを飲んでいた。
許可が出ることはもちろん祈っていたけど、一緒に明日ってどうすりゃいいのか考えていた。確実なのは 直美はこの事は知らなくて、それで10時までは経堂のケンタッキーでものすごく忙しいだろうバイトって事だった。
なぜだか、けっこうひとりで、ドキドキしていた。