恋の掟は冬の空
にぎやかな外科病棟の始まり
「あれ、柏倉さん お昼食べないんですかぁ・・」
隣に入院してきていた高校生の男の子に聞かれていた。
「えっとね 彼女がお弁当持ってくるから、それ食べるんだよねぇーいいでしょ・・」
「うわぁー きったねえなぁー ここのって思ってたのよりまずくないけど、やっぱり飽きますよねー」
左手はけっこう激しく骨折してボルトをいれられて吊るされていたから、右手1本で食べにくそうだったけど、さすがに高校生はモリモリ食べていた。でも、きっと量は足りないだろうなーって思っていた。
「おなかいっぱいにならないでしょ・・その量だと・・」
「その時はいいんだけど、やっぱり夕方とかお腹すいちゃいますよねー」
たぶん、俺もいれてみんなそうだったから、必ず3時とかには何かを全員が食べていた。
「ま、でも、運動量すくないから、適量ってそんなもんなのかねー」
「あー こってりラーメンとか焼肉のカルビとか食いたいなぁー」
ここにいると、なんかそんな料理が無性に食いたくなるのはみんな一緒だった。
「あー ここにいると匂いで腹へるから、場所かえるわ。うんじゃね」
「は、はぃ」
言いながら松葉杖をついて部屋を出る事にした。
ま、行くところはロビーしかないから、そこだったけど。
「柏倉君 久々だねー お、松葉杖かぁ・・どうー 慣れたかなー」
1日ぶりの寧々ナースだった。
「ま、それなりにかなぁ・・こんなもんでしょ・・」
「気をつけなさいよー 最初は転ぶから・・もうお昼食べちゃったのぉ・・」
「今日は直美が、お弁当作ってくるから、それ待ちです」
「そっかーいいなぁー 1時まで我慢だね。でも手作りお弁当のほうがいいもんねーいいなぁー」
そりゃっそうだったけど、さすがにみんなのお昼の匂いで腹ペコだった。
「あ、ねぇねぇ・・ちょっとちょっとぉ・・」
手招きされていた。ナース室にはみんな忙しいのか、お昼なのか寧々ナースだけだった。
「なんですかぁ 内緒話ですかぁ・・」
「いやー たいした事じゃないんだけどさぁ 確認したいだけなんだけどさ、昨日も一昨日も、そこでキスしたぁ?直美ちゃんと・・」
言いながらエレベーターの方を指差していた。
「えっとですね 昨日はしてません。一昨日はしました。3分じゃありません、2秒です。それは認めます。でね 寧々さん、言っておきますが、ほんとにここの病棟ナースはそんな話ばっかなんですけど・・よっぽどヒマですかぁ・・」
「ものすごーく忙しいけど、そういう話にはヒマなんだよねー」
笑いながらだった。
「まったく じゃぁ 行きますから」
これ以上ここに居たら、またいろいろ言われそうだったので、さっさと杖をついていた。
ロビーに入って 自販機で缶コーヒーを買うとまだ、12時20分を過ぎたばかりだった。
窓際に座って、なんとか一緒に持ってきたファッション誌を広げていた。買いたいものがあったんだけど、なかなかいいものが見つからなくて困っていた。
缶コーヒーを飲みながら本を広げていると冬だったけど あったかな陽射しで心地良かった。
「劉ぅー 何見てるのぉー」
「うゎーぁー」
ものすごく びっくりした。目の前に直美だった。
「いやぁー どうしちゃったのよぉ・・まだ1時になってないよぉー」
まだびっくりしていたから大声だった。
「お腹空いちゃうかなぁーって思って、ズルして急患の入り口から回り込んできちゃった・・」
もちろん笑いながらだった。
「あとで、もう1回下で受付すればいいでしょ・・きっと・・」
いたずらっ子そのものだった。
「はぃ お弁当」
手に提げたバックからお弁当をひろげだし始めていた。
「いろいろ 作ったらいっぱいになっちゃった・・」
次から次へと入れ物が出てきていた。
「なんか すごい量っぽいけど・・・」
「大丈夫だって 私もお腹空いてるから・・足りないよりいいでしょー」
「うんうん・俺も腹減ってるから・・食べるよぉー今日は」
「お茶、きちんと入れてくるから、広げて待っててよ。先に食べたらダメだからね」
席を立ちながらだった。
入れ物のふたを開けると、綺麗に詰められたおかずの、おいしそうなにおいが広がっていた。
大好きな「レンコンの挟み揚げ」が目に飛び込んできた。うれしかった。
それから、「ハンバーグ」と「ベーコンの炒め物」と「卵焼き」と「キンピラ」と「きゅうりのお新香」だった。1番うれしかったのは、ご飯が「五目御飯」だったことだった。なんか大好きなものばっかりだった。
「ごめん、ごめん 待たせちゃった・・」
日本茶を持って直美がいそいで帰ってきた。
「これって 全部一人で作ったの・・」
「うん。朝からずーっと作ってた。五目御飯の下ごしらえは昨日の夜だったけどね」
「さ、食べようか・・お腹ペコペコなんだ私も・・はぃ、どうぞ」
お皿となぜか家で使っていたお箸をわざわざ持ってきていた。
「ありがとう、いただきます」
「いただきまーす」
一緒に声を出してお昼の時間だった。
「おいしいかなぁ・・・」
「うんうん すごくおいしいわー」
うれしそうな直美の顔を見ながら、ほんとにおいしいご飯だった。
「早く家に帰ってきたくなったでしょ・・」
「うんうん。前から料理うまいけど、この頃なんかもっとうまくなったよねー」
「叔母さんのところでたまに教わってるからね」
赤堤に住んでいる俺の叔父さんの奥さんのことだった。
「五目御飯は 叔母さんから教わったんだ。劉って子供の頃からこれ好きだったんでしょ。叔母さん言ってたもん」
小さい頃に叔父の家に遊びに行くと叔母さんが良く作ってくれて、夢中で食べた記憶があった。
「うん、そうそう、すごくうまいよ、これ」
「そうでしょー 味見した時にいままでのより全然おいしかったもん」
直美もおいしそうに、ほおばっていた。
「あー 直美ちゃん もう来てるのぉー。まだ面会時間じゃないよぉー」
寧々ナースが側に来ていた。
「ごめんなさい。ちょっとズルしちゃいました」
「わー おいしそうだねー。じゃあ、内緒にして、大目に見てあげるから これちょうだいね」
言いながらもう レンコンのはさみ揚げを口に放り込んでいた。
「うんうん おいしぃー。ありがとね。じゃ、ごゆっくり・・」
口を動かしながら忙しいのかもう背中を向けていた。
「いそがしそうだね・・」
「うーん、さっきはヒマそうだったけどねー」
外の陽射しを浴びながら楽しい食事だった。
「ゆっくり 食べなさいよー いつも早すぎだってば・・」
一緒に食事をすることが増えてからよく 言われる事だった。
「だってさー うまいんだもん」
「まったくー」
怒ってたけどうれしそうだった。
「あー 直美さん、こんにちわー、やっぱりもう来てたんですねー」
車椅子で夕子が離れたところからだった。
「うん 元気ぃー よかったら こっちに来て夕子ちゃんも食べる?」
「いいんですかぁー ほんとに食べちゃいますよぉー」
うれしそうに近づいてきた。
「わー これかぁー おいしかったってのは・・」
レンコンのはさみ揚げを見ながらのようだった。
「あー 誰かに聞いてきたでしょ・・寧々ナースからでしょ・・直美がお弁当持ってもうロビーにいるよって言われたんでしょ?」
「そうなの?」