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ツカノアラシ@万恒河沙
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novelistID. 1469
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人魚の飼い方

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晩夏。
警察官である私は、休暇を取って最近著しく悪化した被害妄想の静養と気晴らしにと海岸近くの町に逗留していた。
何故、警察官が被害妄想なぞになるのだと、問われればこれは仕方がない。あなたが私の身になればよくお解りになるに違いないと、お答えするしかない。
とにかく、そのころの私の習慣といえば、朝晩の散歩であった。しかも、ただの散歩ではない。海岸に打ち上げられた哀れな魚の死骸を一匹、二匹と数えながら海岸線をひたすら彷徨い歩くのである。
いま考えると、我ながらひどく悪趣味なことをしていたと思う。貴方は良くぞ周囲の人間から、私の悪趣味な行動を怪しまれなかったと思うかもしれない。私の行動が厨しがられなかった理由は二つある。ひとつはちょうど、この夏は近年類を見ないほどの冷夏であったと言うこと。もうひとつは、この海で奇妙な事件が続発していて、夏だというのに浜辺には全くと言っていいほどヒトが寄りつかなかったという、以上の理由からである。そのため、すっかり寂れてしまった海岸には私の悪趣味な行動を阻むものは皆無に等しかった。
そして、その男に初めて由会ったのも、その悪趣味極まりない散歩の途中であった。男は人がひとり入るくらいの大きな箱を、鉄製の台車に乗せて海岸を散歩していた。
男は、黒光りするそれを大事そうに撫でながら、時折ぶつぶつと何事か優しく箱に向かって喋りながら海岸線をあてどもなく歩いていたのだった。少なくとも、私の目にはそう映ったのである。
幸せそうなカオだった。
幸せそうなカオだった。
私は彼を見ている内に、何故か突然モノに憑かれたかのように非常に彼が羨ましくなった。私は直観的に、彼の幸せそうな表情を自分が持ちえないことに気がついていたのだろう。その時の彼の表情は、口で言い表すことが難しいが、たぶん幽冥境の幸せを味わう時のカオというのが、あの様なモノなのであろう。たぶん、恐らく。幸せそうなカオだった。
幸せそうなカオだった。
「箱の中には何か入っているのでしょうか」
ある日、私は思い切ったように男に声をかけてみた。実の話、私は毎日のように、男とは顔を見合わせてはいた。しかし、彼が他と自分の世界とを完全に隔絶しているように見えた。そのため、私は声をかけづらかったのである。今までは、彼の姿を見送るだけだった。