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灰色の双翼

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1.5


 
 辺りは真っ暗な闇だった。何も見えず、何も聞こえない。そこには一筋の光さえなく、永遠に続いているのではないかと思えるような、黒い世界が広がっているだけ。ただ一つ、闇の中を駆けていく小さな金色の影を除いては。
 それは一人の幼子だった。闇におびえながらも、辺りに目を凝らして駆けていく幼い男の子。金色の影の正体は、闇の中でもはっきりと映る彼の金髪だ。彼がきょろきょろと落ち着かなそうに首を左右に巡らせる度に、その髪は忙しく闇に閃く。
 彼はこの何もないはずの闇の中でずっと長い間、そうやって誰かの姿を探していた。それが誰であるのかも、彼にはわからないまま。
 そんな状態でいくら探しても、きっと見つかることはないだろうということは、幼い彼でもわかっていた。この闇の中に、彼以外の姿などまったくもって見えはしない。もし誰かがいたとしても、誰を探しているのかがわからなければ、探すことなどできはしない。それとも自分は誰でもいいから探しているのだろうか。ただこの何もない闇の中でたった一人というのは、とても寂しいことだから。
 彼の足が一瞬止まる。辺りを見回していた視線も、深い闇に沈み込むような足元に落ちかかった。
 そんなわけはない、と思う。自分が探している誰かは、他の誰かでは代わりになるはずもない。それだけ、自分の中で大きな存在。
 それは……。
 彼は再び顔を上げた。同時に目をいっぱいに広げて、辺りをもう一度隈なく見渡そうとした。
 だが、僅かな期待を抱きつつも本心ではもう見つからないのではないだろうかと思っていたそれは、意外なことにいつの間にか彼の前に現れていた。本当にそれは現れたのだ。それまでは何もなかったはずの闇の中にふっと、白いぼんやりとした影を伴って。
 闇の中にあってそれだけが真っ白だった。この闇の中にあっても闇に染まらない高潔な輝き。
 足を止めた彼は、突然現れたその影に目を奪われ、ぼーっとその場にたたずんだ。見つめれば見つめるほどにとても懐かしく、とても心が温かくなる。
 影が、ゆっくりと彼を振り返る。
 その横顔は、彼がよく知るものだった。それが自分の探していた「誰か」の正体。
「ユイ……」
 なぜか悲しげな声で、振り返り際に呼ばれた自分の名前。
「母、さん…?」
 呼びかけたとたん、ぼんやりとした輪郭が一瞬振れて、似てはいるけれども別の輪郭へと変化する。
 一つの影に重なる、違う二人の姿。
「レ、イ……」
 母がその名を呼んだ。
 もう一つ別の小柄な影が、よりはっきりとした影を伴ってユイスの前に現れ、母の姿を遮った。それが自分と重なる同じ姿。
 細くて華奢な母の体が闇の中に倒れる。その直後、ガラスが割れるときのように、それはぱんと弾けて消えてしまった。
 あっという間の出来事。何が起こったのかも一瞬ではわからない。
 わけもわからないまま、ユイスはもう一つの姿に視線を移した。
 後に残ったもう一人。
 それは自分が探していたもう一人の「誰か」。母ではなく彼こそが、本当に自分が探していたはずの。
「レイ……」
 自分と同じ姿の双子の弟。自分の片割れ。
 その姿に手を伸ばしかけて、無造作にそれは遮られた。触れられるのを拒むように。
 そして彼は、ユイスを見て微かに笑った。
「ごめんな、ユイ」
 言って、彼は母と同じように砕けていく。同じように散っていく。
「レイ――!?」
 叫びは、再び闇だけになってしまったその空間に吸い込まれて消えた。
 
 
 また、誰もいなくなってしまった。何もない空間に逆戻り。
「レイ……どこいっちゃったの……? レイ……!」
 いくら呼んでも、誰も呼びかけに応じるものはもはやなかった。自分の声すら、響くこともなく消えていく。
 すべてがまた、闇に支配されていく。
  唯一の希望の光も消えてしまった。この闇だけの世界に、また、ひとり。
 求めていたものを失い、ユイスは闇の中に座りこむ。ひざを抱え、震えながら声を殺して泣いた。
 何もない世界。ともすれば回りの闇に自分まで飲み込まれて消えてしまうような気がして、震えながらそれを拒んだ。それくらいしか、もうユイスにはできることはなかった。
 
 
「人の子よ、何故そのように泣いているのだ?」
 突然聞こえたその声に、びくりとユイスは体を振るわせた。再び辺りを見回すが何も見えない。
 誰もいない世界に突然響いてきた声。響かないはずの闇にこだまするその不気味さに、ますますユイスは身を硬くして膝を抱きしめた。何も聞こえなかったと思い込もうとした。
「一人が嫌なのではないのか?」
 なのにまた声は響く。まるでユイスを惑わせるかのように、上辺だけは優しい、不気味な声で。
 ぎゅっと、握り締めた手に力をこめた。
 声は聞こえるのに決して姿は見えない。きっと闇の中に住む恐ろしい化け物か何かなのだ。耳を傾けてはいけない。そしたらきっと闇に喰われてしまう。
 必死でユイスは身を固めていたが、声の主はあきらめることなく再びユイスにささやき始めた。
「レイスが消えてしまって恐ろしいのだろう。この闇から出たいのであろう?」
 微かに心が動く。闇は恐ろしい。ここから出たいのは確か。ただ、この声に耳を傾けたらいけない。そんな本能的な思いから、ユイスは頑なに拒否を続けた。
 けれどついにその声は、決定的とも言える言葉をユイスに告げる。
「私ならばおまえの願いをかなえてやれる。お前さえ願えば、レイスを蘇らせてやろう」
 その言葉に、はっとしてユイスは顔を上げてしまった。
 目の前には、闇に響く声からは想像もつかないようなまだ若い青年が立っていた。
「おまえの願いはなんだ?」
 にやりと口の端をいたずらっぽく吊り上げながら、彼はユイスを見下ろす。
 気が付くと、青年を見上げた目はくぎ付けになって、もう少しも視線をそらせなくなっていた。今まで絶えず流れ出していた涙も止まっている。青年の笑みは、それこそ天使の慈愛などからは程遠いものだったのに、ユイスにはそれがなぜかとても美しいものに思えて。
 
 
 だから、応えてしまった。その青年の問いに。
「レイと一緒に、村に帰ること……。二人で、ずっと、ずっといっしょにいること……っ!」
 最後にはその青年にしがみつくように。
 青年は、その答えを待ちわびていたように、目を細めてユイスの頭をくしゃっとかき回した。
「よし、いいだろう。その願い、俺が必ず叶えてやる」
 だからおまえは何の心配もせずに眠ればいい。
 そう言われて、もはや何の疑いも抱けないまま、ゆっくりとユイスは目を閉じた。
 
 
 
 目を閉じた後、体はふわっと宙に浮いているように軽くなった。
 そしてやがて、ゆったりとした流れにさらわれていくような感覚。それは心地よい流れだった。温かく、ちょうど母親の腕の中で揺られていたときのような。
 ふいにそのユイスの手のひらを、誰かの手が優しく包み込んだ。一瞬びくっと体を強張らせたユイスだが、その手の力強さと暖かさに、ゆっくりと目を開ける。
 それは知っている温かさだった。見なくても分かったはずなのに、しばらく闇の中にいたユイスは自分の目でそれを確認していた。
作品名:灰色の双翼 作家名:日々夜