灰色の双翼
1
燃えるような遠くの山々を背後に、女がひとり駆け出した。傍らに寄り添っていた少年の制止も振り切って、泣きながら、喚きながら、沈み行く太陽の下へと進む幌馬車に、必死になって追いすがろうとする。
けれど、どんなに頑張っても女が馬車に追いつくことはなかった。どんどんと引き離されて、やがては見えなくなって。
ついに女は力尽き、足を止める。
「ユイ――!! レイ――!!」
もう、遠く届かない馬車へ向けて、女が叫んだ。例え手は届かなくても、風に乗せてこの声だけは届けようと。自分の、愛する我が子らにだけは必ず届けようと。それが、最後に呼んだ我が子たちの名となってしまわないように、と……。
ごとごとと大きく揺れる暗く狭い馬車の中。二人はかなた遠く、ちっぽけな母の姿が消えていくのを見ているしかなかった。ただきつく手をつなぎ、肩を寄せ合い、せめて自分たちだけは離れまいと。
「レイ……」
震える声でふいに呼び掛けられて、レイスは傍らに肩を寄せている双子の兄に視線を落とす。
「僕たち…帰ってこれるよね……。二人で……帰ってこれるよね……」
大きな淡い緑の瞳いっぱいに涙を溜めて、ユイスは声をしぼりだした。ギュッときつくレイスの手を握り締めながら。
それはレイスにとって初めて見る兄の顔で、初めて聞く兄の声で、そして、初めて知る小さくも強く温かい兄の手だった。
そっと、レイスはその手にもう一方の自分の手を重ね合わせた。
「……うん……帰ってこよう、ユイ……。絶対…二人で帰ってこよう」
そしてまた、秋の深まる外の寒さから身を守るようにして、お互いの体を寄り添わせる。
赤からやがて夕闇の暗い青にと変わっていく山々が、段々と遠くなっていた。二人はそうやってずっと離れる事なく、肩を寄せ合ってその光景を見つめていたのだった。
……しかし。