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遼州戦記 播州愚連隊

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 老人は入り口で清原に止められて小声で話し合い始めた。明らかに焦ってまくし立てる清原の声にただ頷く保科老人。
「あなたしかいないんですよ!国をまとめられるのは!」 
 部屋の中央の嵯峨派や大河内派の士官の一人が叫ぶ。手拍子が始まる。それははじめは中間的な両派の士官だけのものだったが、次第に前列に陣取る西園寺派や立見席の烏丸派まで広がった。
 それを見て照れたように頭を掻くと保科老人は再び演台に戻った。
「それなら君達が態度で示せ!」 
 そう叫んで保科老人はSPを連れて退出した。それに続き明石達を一にらみして立ち去る清原准将。会議室は騒然とした。
「出るぞ」
 それまで一人黙り込んでいた別所がそう言った。明石も立ち上がり、あちこちで怒鳴りあいを始めた若手将校達を押しのけてそのまま会議室を出た。
「なんだよ。結局ただの説教じゃないか」 
 魚住の言葉に黒田も頷く。
「そうやろか?少なくとも同盟の話が胡州抜きで進んどる言うのが分かっただけで収穫やと……」 
 そんなことを言っている明石の視界に一人の陸軍大佐の姿が目に入った。
「安東大佐?」 
 別所が足を止める。
 安東貞盛。彼は赤いムカデの描かれた胡州軍制式アサルト・モジュール97式を駆り、奇襲と伏兵で進出を急ぐ連合軍をアステロイドベルトで翻弄した。その戦いは『胡州の侍』と呼ばれて、終戦後は彼の存在を不快に思った連合国への配慮のため事実上の軟禁生活を送っていた男だった。
 その伝説の名将が今目の前で保科老人と清原准将と雑談をしている。
「動くな。これは」 
 それだけ言うと別所はその光景を眺めている明石のわき腹をつついた。
「どういうこっちゃ?安東はんは……」 
「先月、烏丸首相は敗戦時の追放リストの見直しを行った。その中に安東さんの名前もあったと言うだけのことだ」 
 そう言う別所の声が震えているのを明石は聞き逃さなかった。
「これで陸軍の烏丸派の連中の意気が上がるなあ」 
 魚住はそう言いながらちらちらと安東大佐のいた辺りを振り返る。黒田もそれにならった。
「なに、軟禁されていたなまくらなど私達の敵じゃないはずだ」 
 自信をこめた声で黒田がそう言った。
「あれやな、保科はんももう現状は止められへんいうのがよう分かったわ。胡州はいつ火が入ってもおかしくない火薬庫になった。そう言うことやな」 
 明石の言葉に悲しげな表情で振り返った別所。そして彼はその言葉に頷くことしかできなかった。



 動乱群像録 6

 海軍省の建物を出るとすでに胡州の赤い空は次第に夜の紫に染め上げられようとしていた。
「そうだ、明石。付きあえ」 
 突然の別所の言葉に明石は当惑した。だがそれを別所に悟られるのが悔しくて向きになって彼を見下ろした。
「ええで。だがこいつ等の足はどないすんねん」 
 そう言って魚住と黒田を見やる。別所の車で四人で来たため二人は足を奪われることになった。
「ああ、心配するな。タクシーでも拾っていくことにするから」 
 魚住は満面の笑みで黒田を見上げる。黒田はそれで何かを気づいたと言うようににんまりと笑った。
「じゃあ、決まりだな。来い」 
 そう言って別所はそのまま裏手の駐車場に向かう。明石もそれに続いた。閑散とする駐車場に一台止められている黒いスポーツカー。それに向かって歩く別所。
「どうだ?保科と言う御仁は」 
 車の周りで挨拶をしている武官達をやり過ごすとつぶやくようにたずねてくる別所に明石は首を振った。
「あれだけで分かるんやったら苦労せえへんわ」 
「そうだな」 
 別所はそう言うと車のキーを開ける。明石は体を折り曲げて狭い車内に体をねじ込むようにして座った。
「黒田の奴、よう座っとったな。ぶちきれて殴りかかるんやないかと冷や冷やしたで」 
 そう言う明石の言葉を無視してそのまま別所は駐車場を出た。
「それはともかく……実はな。お前の昇進と部隊配属が正式にに決まったんだ」 
 友の口からそんな言葉が出ても特に明石は驚かなかった。赤松准将の懐刀として知られた別所は上層部にもパイプを持っていることは知っていた。さらに、西園寺派の陸軍の醍醐少将などとの連絡を行っているのは彼の部下達だった。
「まあ、昇進試験は自信があったからな。それに西園寺公の推挙があれば海軍じゃフリーパスなんやろ?」 
 皮肉るつもりだが、別所は乗ってこなかった。そのまま車は屋敷町を走る。
 屋敷町でも官庁街からすぐの大きな門をくぐった。それが西園寺基義卿の館であることは明石も読めた。すぐに書生が駆け寄ってきて奥の駐車場へと車を誘導する。
「なんや、御大将も来とるやないか」 
 明石の目に第三艦隊の『二引き両左三つ巴』、赤松家の家紋をかたどった隊旗をつけた公用車が見える。
「貴様の昇進を祝いたい人がいるってことだ。良い話だろ?」 
 そう言ってキーを抜いて駐車場に降り立つ。だが、明石はそこで見慣れないガソリンエンジンのスクーターが止まっているのに気づいた。
「なんや、あれ。出前でも取ったんやろか?」 
 明石の言葉に苦笑いを浮かべながらそのまま別所は玄関へと向かう。
 赤松家よりも二回りも大きい玄関だが、そこには駐車場にいた書生以外の人の気配が無かった。だが、別所はそのまま靴を脱ぎっぱなしで上がりこむ。書生が駆け寄って靴を持つのを見て明石もそのまま上がりこんだ。
 長い廊下。次第に闇に落ちていく庭を見ながら二人は奥に進んだ。
「ええ匂いがするんやけど……」 
 明石がそう言うと別所は足を止めてにやりと笑った。
「お前はこの屋敷は初めてだったな」 
 そしてそのまま再び廊下を歩き続ける。視界が開けて当たりに庭が広がる。獅子脅しの音、それに混じって宴会でもやっているような声が遠くで聞こえる。
「西園寺亭には食客が多くてな。いつも宴会が催されている。お前も聞いたことがあるだろ、その噂くらいは」 
「まあな。西園寺サロン言うところは帝大でも有名な話やさかいな。平民出の知り合いは皆憧れとったわ」 
 西園寺家は文化の守護者。これは胡州の国民なら知らぬものはいない事実だった。この屋敷に世話になりつつ芸を磨く芸人。出入りしては糊口をぬらす詩人。酒を求めて出入りするシャンソン歌手。胡州の芸能の守護者でもあるのが西園寺家のもう一つの顔だった。明石はただ宴会の続いているような別棟から離れるように進む回廊を別所に続いて進んでいた。
 行き着いた先。砂の敷き詰められた広場に煌々とライトが照らされている。そこで別所が歩みを緩めてそのまま片ひざを着いて頭を下げた。
 その光の中に陸軍の士官候補生が一人、木刀を構えて立っている。そしてそれに向かい合うように和服の女性が薙刀を構えて向かい合っていた。
「控えろ、康子様と要様だ」 
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直