遼州戦記 播州愚連隊
「戦争で人生がおかしなってしもたワシ等が戦争で主張を通す。矛盾と言うたらええのんか……」
「矛盾だろ。まあ世の中そんなもんさ」
軽くそう言うと魚住は別所の置いた酒瓶を手にして自分の湯飲みに酒を注ぐ。
「まあ矛盾は矛盾だが、それでも俺達は部下の連中に前の大戦の狂気を味合わせたくないのが本音だからな」
別所の言葉に明石と魚住は大きく頷いた。
「ワシ等で終わりにしようや。こんなおかしな世の中は」
そう言うと明石は一息で残った酒を喉に流し込む。
「なんだよ、タコ。もう少し味わえよ」
魚住が苦々しそうな表情で明石の置いた湯飲みに酒を注いでいた。明石は頷きながら別所を見てみた。別所はのんびりとラッキョウをつまんでいた。そして視線が自分に集まっているのに気づくと仕方が無いと言うように酒を飲んだ。
「結局俺達はこう言う世代なんだな。清原さんの所でも同じような境遇の面々が酒でも飲んでいるだろうな」
「そうだな。損ばかりしていた世代と言われても仕方がねえや。あの時は鉄砲玉扱い。今度は中間管理職の悲哀だ。気が休まったことなんてまるでないしな……損ばかりだ」
別所と魚住の言葉に明石は頷いていた。彼等以外誰もいない食堂。たぶんこれからは戦時用の食料の配給が行なわれるばかりで料理と呼べるものが食べられなくなるのは分かっている。機能を失うだろう食堂を眺めてみると明石も戦線が近いことを感じた。
「まあ、今日は飲もう。明日からは本当の戦争だ」
別所はそう言うと空になった湯飲みにたっぷりと酒を注いだ。
動乱群像録 54
火砲の爆裂音。断続的な機関銃の銃声。時々悲鳴と嗚咽が響く最前線の塹壕の中。少し土嚢を積み上げただけの粗末な仮設指揮所の椅子に池幸重は座って地図を見下ろしていた。
「主な地下壕のある施設にはやはり攻撃があったようです」
「まあそうだろうな……食料保存プラントもミサイルの雨が降ったか。さすがに醍醐だ。俺達を飢え死にさせるつもりだぜ」
参謀の言葉ににんまりと笑い南極基地近くのこの極地ポートの町の地図を見回す池。
「それにしてもこんな最前線に指揮所があるとは予想していないんじゃないですか?」
隣の眼鏡の副官の言葉にそれまで緩んでいた表情が急に引き締まった。
「醍醐はそれほど馬鹿じゃないよ。主な指揮命令系統の維持のために必要な地点は攻略済み。そうなればあいつだって俺が最前線をのこのこ歩き回って命令を出していることくらい気づくはずだ。そうなれば今度はこう言うちょっとした施設に猛攻をかけてくるはずだ」
そう言うと従卒の出したカップのコーヒーを受け取って握り締める。零下50度を下回る極地の風は土嚢やテントの生地の間から流れ込んで指揮所をいっぺんに冷やしてしまう。
「あいつもあと五時間ぐらいが山だと踏んでるだろうからな。いつここに爆弾が落ちてもおかしくないぜ」
池が見回すのを見て参謀達はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「そのくらいの覚悟はできていますよ。それにすべての兵はあと六時間で投降する手はずを整えていますから」
大きく満足げに頷くと池は再び地図に目をやった。どちらが勝利しても重要な胡州のインフラである南極基地の宇宙港は無事に確保されるように彼の部隊は配置されていた。事実、まったく陸上からの襲撃に対する防御のなされていない南極基地には醍醐側の部隊が進行してきていることは机の上に表示されていた。
「さて、俺達はすべての義務を果たした訳だ。後は清原のおっさんが第三艦隊を止められるかどうか……天のみぞ知るというところかな」
そう言いながら池は満足そうにコーヒーをすすった。部下達も微笑を浮かべながら指揮官の言葉に頷きながら爆音のBGMを聞きながらのんびりと茶を飲んでいた。
動乱群像録 55
「結局間に合わず……か」
赤松忠満准将は第三艦隊旗艦『播磨』のブリッジで静かにそうつぶやいた。二時間前、南極基地の制圧に醍醐文隆司令の部隊が成功したものの停泊中の艦船のエンジンの再起動までに数日が必要と言う連絡を受け、ブリッジクルーに焦りの色が見えていた。
「人さんを当てにしとったらあかんで。勝つ時は勝つもんや」
そう言いながら帽子を被りなおす。そのしぐさが苦戦中の時の赤松の癖だと知っている艦長はつい笑みが浮かんでしまっていた。
「笑わんといてな」
赤松はその表情を見つけると小声でそう告げた。
全艦隊はアステロイドベルトのデブリに身を隠していた。敵は陸軍所有の大気圏付近での揚陸活動をメインに使用されることを想定して作られた揚陸艇。支援火器は充実しているものの対艦戦を想定したつくりにはなっていなかった。とは言え圧倒的な数のアサルトモジュールとそれを稼動状態に持ち込むための装備の差は歴然としていて戦力差は第三艦隊にはかなり不利なのは誰もがわかっていた。それゆえに醍醐の部隊の参戦が不可能になったのは痛かった。
「あちらはどないなっとんねん」
「は、羽州の巡洋艦三隻が先行しています。やはり対艦戦で揚陸艇を突出させるのは不利だと見ているのでしょう」
上司のリラックスした問いに参謀の一人がそう答える。そのまま赤松はしばらく声に出さない笑いを漏らしていた。
「こらあワシのことを買いかぶっとるんやなあ。何も考えんと力押しで来られたらどないもこないもなかったが……こら勝ちの目も出てくるかもしれへんなあ」
そのつぶやきに周りを囲む参謀達に笑みが広がる。そしてそれを見たブリッジクルー達も少しばかり明るい表情を浮かべることになった。
「でもしめていかなあかんで。羽州の艦隊は恐らく指揮官は秋田はんでアサルト・モジュール部隊はあの安東と見て間違いないからな。こちらもそれなりに準備を進めとかなあかん」
静かにそう言った赤松。参謀達は次の日には始まるだろう戦争のことを思いながら信じるべき指揮官の姿を目に焼き付けていた。
「それにしても……」
参謀の言葉にすっかり気分を害したと言うように赤松が振り返る。その言葉を発した参謀もそれを察して慌てて手を振り回した。
「佐賀の泉州艦隊が気になるものですから……」
その言葉は誰もが予期していた内容だった。赤松も満面の笑みで参謀達に目を向ける。
「佐賀さんか?あの人にそれほどの度胸があるわけないやん。たぶん今頃は必死になって清原さんに助命嘆願でもしとるんちゃうのん?」
その言葉にブリッジは沈黙した。佐賀の艦隊は陸軍部隊とはいえ艦大戦のできるだけの艦を保有し、多量のアサルト・モジュールを保有していた。
「なに静まりかえっとるん」
赤松はそう言うがすでに泉州艦隊が南極基地の情勢を手にして全速力でこちらに向かっていることは誰もが知っていた。
「佐賀少将の艦隊。甘く見るべきではありませんよ」
参謀の一人がつぶやくと『播磨』のブリッジは急に凍りついたような雰囲気に取り囲まれた。
「知らんのやな」
赤松のつぶやきに誰もが静かに耳を澄ます。
「佐賀の旦那。あの人に歴史をどうにかできるような度胸は無いで。流れるまま、流される。所詮はあの御仁はそこまでの人や。気にすることもないやろ」
「ですが……」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直