遼州戦記 播州愚連隊
「もちろんそれじゃあ困るな。だけど今の戦力でぶつかれば赤松君には悪いが勝ち目は無い。特に時間をかけての戦闘となれば濃州攻略を諦めて反転してきた越州の城君の部隊と挟み撃ちだ。見事に全滅となるだろうね」
そこまで言うと再び湯飲みに手を伸ばす。そんな父親に心底あきれ果てたと言うように立ち上がる要。
「親父。死ぬときは西園寺家の当主らしくしろよ」
「え?俺が何で死ぬの?」
「第三艦隊が壊滅したらここも危ないんだよ!それとも惟基さんを頼って遼南に亡命する準備でもしているのか?」
怒りに任せて顔を寄せてくる娘に少しばかりからかいすぎたと反省するような笑みを浮かべる西園寺。
「まあ聞け。『今のままでは』と言ったのを聞いてなかったのか?実際外の状況が今のままじゃなければいいんだよ」
父親の妙な言い回しに引っ張られるようにして要は静かに畳の上に座り込んだ。
「それじゃあ何か起こるみてえな話し振りじゃねえか」
「要ちゃん!そんな『ねえか』なんていけません!」
「ああ、すいません……母さん」
「『母さん』……?」
「いえ!お母様!」
父親に突っ込みを入れるはずが母康子にいつものように叱られた要だが、さすがの父も要がそんなことにはごまかされるわけはないというように大きくため息をついた。
「あのな、要。お前も何度か地下佐賀の大将にはあったろ?どう見る」
「どう見ると言われても……」
曖昧な要の返事に父親の顔は厳しくなる。ようやく頭のデータから髭面の小男の姿を思い出してみた。「小さかったような……」
「そんな外見の話じゃ点はあげられないな」
普段は家族の前ではいい加減でだらしの無い父だが、政敵を目の前にして論破する際の気合を何度か見たことのある要の表情は硬くなる。
「俺は正直お前にはこれまでの西園寺家は譲るつもりは無いんだ。爺さんも俺も反骨で鳴らした一門だ。お前は度胸は据わっているがそれだけじゃ世間を渡っていくのは無理だ。軍人になるのを最後は許したのもお前の人を見る目が甘いからだ。その目つきや言動で一度会った人間の特徴をすぐに捉えることができるかどうか。四大公家なんぞに生まれるとそれくらいの芸当は求められるんだぞ。良く覚えて置け」
珍しい父親の説教に要は頭を掻きながらどう答えるか迷っていた。
「分かったの?要ちゃん」
猫なで声の康子。ここで逆らえばどうなるか分からないと言うことで要は仕方なく頷く。
「じゃあ、佐賀高家。どういう人物だと見る」
再びの父親の問いかけにしばらく要は考えていた。
「気が強いような……」
「まさか……あいつは小心者だよ。さも無きゃ嵯峨本家相続のごたごたの時に新三郎の首と胴体が離れているはずだ」
あっさりと自説を覆す父に短気な要の視線は鋭くとがった。
「実際命を賭けてまで貴族制を守ろうと言う人間がどれだけいるか……とりあえず利益だけを見て動いている人間は御しやすいものさ」
父の笑いにどうにも納得できないような表情を浮かべる要。母、康子は親子でそっくりなたれ目を見て面白そうに微笑んでいる。
「じゃあ佐賀さんが寝返ってくるわけですね」
「あのなあ、すぐに結論を出そうとするのは良くない癖だ。止めたほうがいい」
「裏切るって言ったのは親父じゃないか」
そう言って要は康子を見た。父を『親父』と呼んだことで明らかに康子は不機嫌そうな顔をしている。冷や汗を流しながら要は父に向き直った。
「寝返るって言うのはそれなりの勇気がいることだ。そこまでの器量は佐賀君には無いよ。ただ、いくつかの烏丸派ということで宇宙に上がった人達には色々粉はかけてみたよ。結果はかなりいい具合だ。確かに清原君は切れ者だ。仕事も速く決断力もある。だが人徳は……」
「まるで自分は人徳があるみたいじゃないか」
「要さん!」
「すいません!お母様!」
康子に謝りながらも納得できない要。父もようやく娘の人生経験が足りないことを悟って大きなため息をついた。
「ともかく戦場は入り乱れての乱戦になるだろう。そうなれば実戦経験の豊富な赤松君に分がある。清原君も懐刀の安東君の使い方次第で勝機は見出せるだろうが……」
「まるで人事だな。清原准将が勝ったら親父は斬首だと思うぞ」
あくまで楽しんでいるような父に釘を刺してみた。
「なあに、人の上に立つと言うのはそれなりのリスクを負うものさ。俺は四大公の筆頭に生まれちまった。兄貴は遼南で新三郎の皇位継承権に絡んで好き勝手やって戦死。そんな弟もそのまま遼南王家に魅入られて今じゃあ遼南皇帝だ。俺が責務を果たさないわけに行かないだろ?まったく因果な生まれだよ」
西園寺はそう言うと妻子を見ながら満足げに頷いた。
動乱群像録 39
「醍醐卿からの連絡。無視を続けてもよろしいのですか?」
すでに大半の豊州の艦隊は出撃を完了し、旗艦の佐賀高家の乗艦である戦艦『山城』とその護衛艦の出撃を待つばかり。その緊張感の中、艦隊司令の佐賀高家は側近達を集めて静かに彼等の顔を眺めていた。『山城』の艦長の言葉。確かに彼の弟であり嵯峨泉州公家の三家老の家柄の醍醐家を継いだ醍醐文隆が何度と無く高家に寝返りを打診する連絡がもたらされているのは事実だった。そしてその連絡の後には必ず嵯峨惟基からの醍醐の打診を追認するような一言が添えられてあった。
主君である嵯峨惟基は現在は遼南皇帝の地位にあり、遼南の皇帝を帝と仰ぐ胡州においては嵯峨と言う食えない皇帝の意向には逆らい難いものがあった事実周りの指揮官達は嵯峨が現段階で醍醐の意向に沿うようにと言う助言をしていることを知って動揺しているのが佐賀から見てもよく分かった
だが皇帝ムジャンタ・ラスコーからの主君としての正式な指示は唯一つ、好きにしろと言うものだった。三家老は池家の当主陸軍准将池幸重は南極で烏丸派に付くと宣言し、同じ三家老の醍醐の進軍をてぐすね引いて待ち構えていた。
佐賀は正直迷っていた。
主君のラスコーはこれから佐賀が倒しに行く第三艦隊司令赤松忠満とは高等予科学校の同期である。そして赤松が担いだみこしの上に立つ西園寺基義は義理の兄である。さらに先日、烏丸派の陸軍将校達が西園寺家の包囲をしていながら基義等に逃げられて西園寺派の帝都での牙城である近衛師団に篭城された話は自分が烏丸派に付くことがかなりの危険を伴うことになるだろうと予想させた。
「しかしいまさら引くわけにも行かないのではないですか?」
気の弱そうな情報担当の将校の眼鏡をいじる様を見てもさらに佐賀の視線は曖昧になる。
「確かにこのまま西園寺派に付いたところで……」
「馬鹿言うな!この国の秩序の破壊を見逃せと言うのか?」
『秩序は崩れるものだ。今の時局では仕方が無いことだ』
「確かに清原さんが勝っても次第に貴族の立場は無くなっていくだろうな」
この場にいる参謀ばかりでなく先導艦の艦隊司令も交えての会議はまるで結論を先延ばしにするためだけにあるように続いていた。そして佐賀はただ渋い顔でその様子を眺めている。
「時に……濃州から進んできている越州の艦隊は?」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直