遼州戦記 播州愚連隊
ソースを見ながら復員したてのころの播州コロニーを思い出した。休戦協定で多くのアステロイドベルトの権益を失い、遼南の東海州の領土を割譲され、多額の賠償金と貴族制中心の国家体制の変更を連合国に突きつけられ、胡州帝国は斜陽の大国の様相を呈していた。そんな中、遼北との休戦協定の締結に尽力した外交官僚、西園寺基義(さいおんじもとよし)は軍部との対立で放逐されていた中央政界に復帰、胡州四大公の筆頭の当主として次第に政治的発言権を強めていた。
一方、連合国との協定文書で軍部や官界を追われた下級貴族達は四大公で西園寺との確執が噂されていた烏丸頼盛を頼った。彼等は貴族だけが被選挙権を持つ枢密院での数を背景に西園寺が率いる庶民院に強い政治集団の『民派』との政治抗争を開始した。
亡国の体を見せた政治抗争が続く中。この両者の対立を収めたのが保科家春と言う個性だった。四大公の一つ大河内家の惣領に生まれながら、弟に家督を譲って枢密院での形ばかりの議員をしていた男は人材の枯渇した胡州の政界に颯爽と躍り出ることになった。西園寺家、烏丸家とも姻戚である彼は政争に走ろうとする巨頭二人に会談の場を設けて烏丸頼盛を首班とする挙国一致内閣を成立させ、自らは枢密院議長としてにらみを利かせた。
時に大戦中に皇帝が追われて枢軸を抜けた遼南共和国で内戦が勃発。同じく国家解体されていたゲルパルトなどの外惑星コロニーでの独立運動が活発化するとその中央に位置する胡州の戦略的価値は上昇、旧連合国もその安定化を促進するために賠償金の免除や積極的投資などによりようやく復興が始まることになった。経済的安定は一時的に政治抗争を中断させることになった。そして貴族の没落、経済人の発言権の拡大は自然と胡州を連合国が望んだ民主国家へと変貌させることになる。誰もがそう思っていた。
だが、そんなことは今の明石にはうそ臭いごまかしのように見えていた。
拝金主義で金で貴族の爵位を買いあさる成金。公然と賄賂で財を成す官僚貴族。上官の政治的立場でころころと態度を変える職業軍人。闇市で素人を食い物にする自分への言い訳の為に彼等の偽善を心の中で暴き立てて喜んでいる自分を嫌いながらもそう生きるしかないと覚悟して今まで生きていた。
そんな明石の隣で串カツを旨そうに頬張る赤松と言う男を明石はどう定義すれば良いのか悩んでいた。
赤松家は『西園寺の大番頭』と呼ばれる西園寺家臣団の筆頭の家柄である。そして海軍は現在は病気療養中の大河内吉元前海軍大臣に代表される『民派』の牙城である。
「あのう……」
明石は恐る恐るコップ酒を傾ける将軍に声をかけた。
「なんや?……おう、少ししか食うとらんやないか!とにかく食え」
そう言って赤松は串カツの乗った皿を明石に突きつける。
「金なら気にするな」
反対側に座る別所がそう言いながら串カツを咥える。隣の魚住はすでにコップにあふれるほど注がれていた日本酒を一息で空ける勢いで飲んでいる。
「ワシは……なんで?」
まだ状況の読みきれない明石は恐る恐る赤松に話しかけた。
「なんでやて?使える奴がふてくされて場末の居酒屋で侠客気取りで寝ておりますなんて別所が言うからな」
赤松はそう言うとコップ酒を進めた。明石が振り返ればそこには薄ら笑いを浮かべる別所の姿がある。
「騙したんか?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。明石はそんなネガティブな言葉しか出てこない自分の今の語彙に引きつった笑みが浮かぶのを感じた。
「事務所を訪ねたんだが出ていると言う話だったからな。はじめから貴様に会いに行ったんだ」
別所の言葉にそれまで座敷の将校達と雑談を続けていた魚住が大きく頷いている。緑の髪の黒田も真剣な顔で明石を見つめていた。
「それほどワシは立派な人間じゃ……」
「それや!」
赤松はそう言って手を打った。そして喜びに打ち震えるように明石の手を握り締めて立ち上がる。
「自分が立派やなんて思うとる奴にろくな奴はおらん!自分のことがわからん奴は信用でけへん。ワシもそうや!この別所かて自分をただの人殺しや言うて、うちに来るのを嫌がった末に引き抜いたんや。今、胡州にはそう言う謙虚な人材が足らん!どいつも天狗かアホしかおらん……」
つばを飛ばしてまくし立てる赤松に明石は苦笑いを浮かべた。明らかにそれが芝居だと言うことは見抜けない明石ではなかった。だが、その言葉は大げさにしろ本心から出ているだろうと言うことがわかって少しばかりこの将軍を信用する気になり始めた。
「それでワシは何をすれば……」
そう言ってしまうと明石の前の将軍は言葉を止めてにんまりと笑う。赤松が目で合図すると座敷の士官が手にしていたトランクを明石の前に置いた。
「まず格好から行こか」
赤松の言葉とともに開かれたトランクには胡州海軍の詰襟が入っていた。集まってきた将校に汚れたジャケットとズボンを剥ぎ取られ、そのまま中の新品の軍服に着替えさせられた。
『もうどうなってもかまへん』
そんなやけっぱちな気分で体の力を抜いて士官達に着替えさせる明石。
「どや!」
着替えが終わって明石は階級章を見た。
「中尉?」
「すまんなあ、とりあえず一階級しか上げられなんだ。海軍のお堅い連中はホンマ使えんわ」
赤松はそう言うと別所に目をやる。彼の手には冊子が握られている。
「とりあえず特戦訓練課程への推薦は済ませてある。貴様なら手加減せずに鍛え上げられるからな」
そう言う別所が何を言いたいのか明石にはわからなかった。
「特戦?ああ、アサルト・モジュールとか言うロボットに乗れ言う話しですか?それで鍛える……?」
「別所教導官殿の特別メニューが待ってるってことだ!俺や黒田も手伝うけどな」
魚住が満面の笑みを浮かべている。
「これもまたありやろか?」
自分に言い聞かせるように明石はつぶやいていた。
動乱群像録 2
ほとんど成り行き任せのように明石は赤松の推薦で胡州海軍に復帰した。血なまぐさい思い出の残る芸州コロニー群から第四惑星胡州の第二衛星播州に移ると、胡州海軍名称『特戦』と呼ばれる人型戦闘兵器アサルト・モジュールの搭乗訓練が彼を待っていた。かつての特攻兵器の異様と思えるハードな訓練を経験した明石にはぬるく感じる訓練にも慣れて二ヶ月が経った。その頃には明らかに自分より年下の同期の訓練生と同じメニューだけをこなすのはプライドが許さず、休みには昇進試験のための勉強をすることにしていた。
その日も明石は本来は二人部屋だが別所の計らいで彼専用になっている部屋で国際軍事法のテキストを開きながら昼食までの時間を過ごそうとしていた。呼び鈴が来客を告げた。明石はテキストを閉じるとそのまま部屋の扉に向かう。
「よう!元気か」
そう言って一升瓶を抱えて飛び込んできたのは魚住だった。後ろには別所、そして黒田の姿もある。
「おう、昇進試験向けの勉強か?さすが帝大出は頭の出来が違うねえ」
魚住はそのままベッドに腰掛けると日本酒の瓶の蓋を取る。
「魚住少佐!日中ですよ。それに勤務中じゃ……」
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直