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遼州戦記 播州愚連隊

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「先の大戦でほとんどの職業軍人は戦死か追放だからな。俺等みたいな学徒兵上がりも出世は思いのままってところだ……おっとあそこの店だぜ」 
 魚住が指差したのは傾きそうなバラックに暖簾をかけている串カツ屋だった。戦後の軍に知識の無い明石でも知っている海軍の重鎮の赤松忠満(あかまつただみつ)と言う人物の宴席には到底不釣合いな店構えに見える。それを見て明石は立ち止まった。
「今日のところは挨拶だけで……」 
 昨日、その店にショバ代の件で舎弟に顔を出させたのを思い出し躊躇する明石。
「逃げるなよ」 
 そう言って別所は明石をにらみつけてきた。かつてマウンドで見た威圧するような視線は今ではさらに凄みを増していた。
「別所さん!御大将がお待ちですよ!」 
 店の前で雑談していた下士官が別所達を見て声をかけてきた。
「こういう時は度胸だぞ!」 
 そう言って明石の背を叩く魚住。仕方なく明石は三人のあとに続く。
「別所中佐!この方は?」 
 腰の拳銃をちらつかせながら下士官は明石を見上げる。明石はその好奇の視線にいらだちながら自分の腕なら殴れば穴が開きそうな壁が目立つ串かつ屋の店を眺めていた。
「大学時代の知り合いだ。有為な人材は逃すなってことだ」 
 そう言って別所が縄のれんをくぐって店の立て付けの悪い引き戸を開ける。
 中には海軍の将校達が串カツを片手に活発に議論を戦わせていた。しかし、別所の顔を見るとすぐに立ち上がり敬礼をする。
 明石は自分に場違いな雰囲気に苦笑いを浮かべながら剃り上げられた頭を叩いた。
「お客さんか?晋一、そないにワシを喜ばせても何にもでえへんぞ?」 
 店の奥で白髪の目立つやつれた顔の店の亭主と雑談をしていた将官の制服に身を包んだ男がカウンターの高い椅子降りてそのまま明石の前に歩み寄ってきた。
「『千手の清海』か……極道にも顔がきくんかいな、晋一は」 
 そう言って赤松は明石を眺めている。先の地球と遼州星系の戦争で追い詰められていく補給部隊や撤退する輸送艦を護衛して一隻の脱落者も無く護衛駆逐艦の艦隊を率いた男。伝説の策士を目の前に明石はただ呆然と立ち尽くしていた。
「おう、いつまで立っとん?ここ、ここに座れ」 
 明石はそのままカウンターの手前を叩いて明石を座らせる。人のよさそうな顔に口ひげを蓄え、多少出っ張った腹を叩きつつ店の亭主からコップ酒を受け取る赤松。
「別所!お前等もや」 
 明石の言葉にカウンターに席を占める別所達。
「この芸州じゃあ帝大出の坊主の倅(せがれ)が肩で風切って歩いとる言う話は聞いとったが、ずいぶんとおとなしいもんやなあ」 
 一口酒を口に含むと堅苦しい顔の中にめり込んでいるように見える大きな目で別所を見つめる。
「なあに、場所をわきまえているだけでしょう。まさか御大将の目的の一つが人材の一本釣りをは思っていないでしょうからね、こいつは」 
 別所の口から一本釣りと言う言葉を聞いても明石はまるで理解できなかった。
「お前さんの親分さんな。杯返してくれ言うとったわ。土下座はいらん、とっとと出てけって……なあ!」 
 そう言ってカウンターの後ろの座敷で議論に明け暮れていた部下達に赤松が目を向けると彼等は笑顔で頷いた。
「破門……なんでワシが?」 
 闇屋の鉄砲玉からの抜擢。明石はなぜ赤松達が自分にこれほどの好意を赤松が見せるのか理解できなかった。しかもそれが海軍への引き抜きと言うことらしいのでただ呆然と立ち尽くす。
「兄貴……ですか?」 
 明石が考えてみると兄の差し金以外に考えが回らなかった。播磨コロニー群一の名刹福原寺の次男として生まれ、胡州帝国第一大学の文学部のインド哲学科に学んだころから兄、明石清園(あかしせいおん)とはかなりギクシャクした関係だった。貴族に列し伯爵の爵位も持つ大本山の跡継ぎは兄に決まり、恩位の制で子爵の格を得てどこかの寺の婿養子になる運命だった明石はまるで当然のように時代が戦争に向かうことに巻き込まれていくことになった。
 戦況の悪化で文系の大学生を対象とした学徒出陣で大学を早期終業した明石はそのまま学徒兵対象の指揮官教育を受けると少尉として『決起攻撃隊』に配属となった。対消滅爆弾にコックピットをつけてそのまま敵艦隊に突入する。アステロイドベルトの基地でそのための訓練を部下の幼年兵達に施すだけの毎日。そして命令があればそのまま人間爆弾として年端も行かぬ少年兵を率いて敵艦隊に突撃する。そんな緊張感が自分を蝕んでいたことが分かったのは戦争が終わり福原寺に帰ってすぐのことだった。
 敗戦国として多額の賠償金を課せられた胡州は役人になる基準を厳密化し、戦前ならば貴族であると言うだけでどんな無能な人間も採用したコロニー管理局などの役所にも明石は門前払いを食らった。ただのんべんだらりと居候を続けて3ヶ月。兄の視線、その嫁の視線が痛く突き刺さることと、常に死を感じながら訓練を続けた記憶に追い立てられるように明石は実家を飛び出した。昔から野球で鍛えただけあり腕力には自信があった。度胸もそれなりに自慢だった。魚住が言ったとおり、貴族の年金を元手に闇屋を始めた明石がいつの間にかヤクザの世界に入っていったのは自然な流れだった。
 そんな自分にどうしてこの人のよさそうな猛将が興味を持つのか。そんなことを考えながら明石は目の前に並ぶ串カツに手を伸ばした。
 串カツを咥え。注がれたままのビールを見ながら明石は思い返す。それは先の戦争がどうして始まり、胡州はどう敗れたかということだった。
 それはたった一つの半径5kmほどの遼州星系外アステロイドベルトの小惑星をめぐる領有権争いがきっかけだった。胡州帝国、ゲルパルト帝国、遼南帝国。この三国を中心とする枢軸陣営は地球を中心とする秩序を否定した新たな世界観を提唱すると言う名目で全面戦争に突入した。
 枢軸側の奇襲は一枚岩になれないアメリカを中心とした地球連合軍を寸断し、緒戦は枢軸側の圧倒的勝利で戦いは始まった。地球ではアフリカ、中央アジアや南米で枢軸側は破竹の勝利を続け、同調する東アジアにも食指を伸ばそうとしていた。この遼州星系でも第三惑星遼州の衛星、大麗民国を占領し、遼北人民共和国、西モスレム首長国連邦を圧倒して戦い帰趨は決まるかに見えた。
 だが連合国の足並みが揃いだすと広がりきった補給線を抱える枢軸側の進撃は鈍った。他の植民惑星の連合側での参戦が次々と報道されるにしたがって無茶とも言える進撃は止まった。参戦を打診していた東和の中立宣言が進撃を一方的敗走に変えた。遼州星系第四惑星と二つの衛星、そして幾多のコロニー群で構成される胡州帝国は地球圏と遼南支援作戦で戦力を消耗、風前の灯と見えた。だが多数の戦死者を出し講和の道を探していた遼北人民共和国との電撃休戦と言う外交戦術で何とか直接攻撃を受けることは無く終戦を迎えた。それだけが救いと呼ぶもの、徹底抗戦を叫ぶもの。当時の混乱を思い出すと明石の串かつを噛み締める動作が少しぎこちないものに変わっていた。
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直